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しおりを挟む(元々役者をしていたぐらいの美貌だし……異国の血も交じっているし……それはそうよね……)
昨今、アメリカ映画の影響を受けて、モボやモガたちが街に増えてきているぐらいだ(※モダンボーイ・モダンガール、アメリカ映画の真似をして髪を短くきったり、洋服をオシャレに取り入れた若者のこと)。だから、異国の血が混じっている清一郎への憧憬を強く感じる者達も中にはいることだろう。
(清一郎が女性に持て囃されるのは今も昔も変わらないけれど、なんだか複雑ね……)
ちょうど、その時――。
「こら! もう夜になるぞ! 家に帰らないか!」
黒い詰襟を着た邏卒(※警官)が帯剣したサーベルの銀をチラつかせながら、女学生たちを叱っていた。
それを見て、きゃあきゃあと彼女たちは走り去って行っていた。
「椿姫、入場券を購入できた。さあ、行こうか」
「分かったわ、清一郎」
ちょうど、その時――。
「あ……」
草履の鼻緒が切れてしまう。
(このままじゃ歩けそうにないわ……)
椿が唇に手を添えて困っていると――。
「鼻緒が切れたのか――」
(え?)
卸したてのスーツが汚れることも厭わず、彼が椿の足下に跪いた。
そうして――。
「あ……」
彼女の足に彼がそっと大きな手を添えた。
袴の裾を少しだけたくし上げられ、足首に彼の視線が向かうのが分かると、椿に羞恥が走る。
あれだけ身体を弄られているのに、今の方が恥ずかしいのはなぜだろうか。
道を歩く大勢の人に見られているからだろうか――?
「鼻緒は後で俺がすげかえよう(※下駄や草履の台に鼻緒を取り付けること)。だから――」
昔、こうやって鼻緒が切れた時に、清一郎がすげかえてくれたことを思い出して、椿の胸がきゅうっと疼いたのだけれど――。
「脱げ」
「え?」
過去を思い出していた椿だったが、清一郎が思わぬ発言をしたので、赤面してしまう。
「こんな公衆の場で、な、な、な、何を言って……?」
「落ち着いてくれないか? 草履を、だ……」
彼が呆れたように嘆息する。
「ぞ、草履をって……そんな、だって脱いだら歩けないじゃ――きゃあっ……!」
清一郎は有無を言わさぬ態度で椿の草履を奪い取ったかと思うと、立ち上がりざまに、彼女の背と膝下に両腕を回して持ち上げたのだった。
いわゆる横抱きにされてしまい、椿は抗議の声を上げる。
「おろしなさい、清一郎! ほら、周りが見ているわ! 目立ってしまっている!」
すると、ますます清一郎がため息をついた。
「目立っているのは貴女が騒ぐからだ……ほら、活動瓦斯(※活動写真館のこと)の中では、別に草履なしでも問題ないから、時間に遅れる前に行くぞ」
そうして、横抱きにされたままの椿は、清一郎と活動写真館に入ることになったのだった。
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