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彼の名を口に出したのは、椿だったのか忍だったのかは分からない。
けれども、間違いなく、そこに立っていたのは、椿に仕えていた美青年・清一郎その人だったのだ。
「お嬢、忍……」
久しぶりに聞いた彼の声音の色香の強さに、それだけでクラクラしてしまいそうだ。
「久しぶりの再会を喜びたいところだが――この場所がどんな場所か知らないわけはないだろう?」
その言葉を聞いて、椿の胸に衝撃が走る。
ここは吉原――女性が春をひさぐ場所だ。
清一郎に会いたくなかったと言われれば嘘になる。
けれども、こんな形での再会は望んでいなかったと言えよう。
今から見知らぬ男達に抱かれるような女に成り下がったのだと、清一郎に知られてしまった。
かろうじて残っていた矜持もズタズタに引き裂かれてしまったような気分がした。
「さて、忍、俺は昔から頭の回りは良い方だっただろう? この状況を見て、お前達が置かれている状況を瞬時に理解した」
「清一郎、ふざけるな……」
「ふざけてなんかいないさ。交渉だ――」
彼はしなやかな猫のように何かを取り出し書き留めた後、いつの間にか忍の背後に回り込んでおり、何かの証書を彼の頬に押し当てた。
忍の瞳が真ん丸に見開かれる。
「ほら――お前が本当に欲しいのはそれだろう? それをやるから、さっさと俺の前から消え失せろ」
はっと正気に戻った忍が、頭一つ分背の高い彼に食らいつこうとする。
「そうはいかない――待て、清一郎……!」
だが、清一郎は忍を振り払うと――馬車の扉の前に立っていた椿の元へと向かってくる。
「あ……清一郎……」
「椿様……さて――色々とちょうど良い……」
彼の両腕が華奢な椿の両脇に伸びてきたかと思うと、彼女を米俵よろしく肩に担いだ。
視界が一気に上がって、緊張で身体が強ばってしまう。
「きゃッ……待って、清一郎……! どこへ向かうと言うの……!? きゃあッ……!」
すると、前方にあった黒塗りの車の後部座席へと、強引に放りこまれてしまった。
バタンと扉が閉まったかと思うと、叫ぶ忍を残して走り去っていく。
馬車以上の速さで外の風景が変わっていく中、寝転ぶ椿の身体の上にギシリと重みが乗りかかってきた。
気付けば、清一郎の綺麗な顔が眼前に迫ってきていて、鼓動が落ち着かなくなっていく。
「貴女の屋敷に戻るまでだ――いいや、もう俺の屋敷か……」
「私の屋敷が貴方の屋敷……? 何を言っているの……?」
困惑する椿の顎に、彼の長い指が添えられる。
「あ……」
「吉原に人身売買しようっていう悪徳婚約者から救出してやったっていうのに、あまり喜ばれてはいないようで残念ですね、椿様……」
「清一郎……」
昔のように優しい清一郎の姿が垣間見えた気がして、喜んだのも束の間――。
彼がクツクツと笑い出し、頭に片手を添えながら、笑いはじめた。
気でも狂ったのだろうかという笑いに、先ほどまでの気分の高揚はどこかへ行ってしまい、椿の背に冷たい汗が流れる。
嘲るような凄艶な笑みを浮かべて彼女を見下ろしてくる美青年は――本当に彼女の知る清一郎なのか――。
「なあ、昔と変わらず、世間知らずのまま育ってしまったみたいだな……」
ゾクリとするような色香を孕んだ声音が、彼女の鼓膜を震わせる。
そうして、ゆっくりと彼が口を開くと、奥にギラギラと光る牙が見えた気がした。
「決まっている――お前は今日から俺の愛人になるんだ――お前自身に恨みはないが、お前の家族への復讐がてら――これから毎晩たっぷりと可愛がってやるよ、お嬢……いいや、俺の可愛い荊姫……」
――没落令嬢・椿は、獰猛な獣の檻に囚われてしまったのだった。
けれども、間違いなく、そこに立っていたのは、椿に仕えていた美青年・清一郎その人だったのだ。
「お嬢、忍……」
久しぶりに聞いた彼の声音の色香の強さに、それだけでクラクラしてしまいそうだ。
「久しぶりの再会を喜びたいところだが――この場所がどんな場所か知らないわけはないだろう?」
その言葉を聞いて、椿の胸に衝撃が走る。
ここは吉原――女性が春をひさぐ場所だ。
清一郎に会いたくなかったと言われれば嘘になる。
けれども、こんな形での再会は望んでいなかったと言えよう。
今から見知らぬ男達に抱かれるような女に成り下がったのだと、清一郎に知られてしまった。
かろうじて残っていた矜持もズタズタに引き裂かれてしまったような気分がした。
「さて、忍、俺は昔から頭の回りは良い方だっただろう? この状況を見て、お前達が置かれている状況を瞬時に理解した」
「清一郎、ふざけるな……」
「ふざけてなんかいないさ。交渉だ――」
彼はしなやかな猫のように何かを取り出し書き留めた後、いつの間にか忍の背後に回り込んでおり、何かの証書を彼の頬に押し当てた。
忍の瞳が真ん丸に見開かれる。
「ほら――お前が本当に欲しいのはそれだろう? それをやるから、さっさと俺の前から消え失せろ」
はっと正気に戻った忍が、頭一つ分背の高い彼に食らいつこうとする。
「そうはいかない――待て、清一郎……!」
だが、清一郎は忍を振り払うと――馬車の扉の前に立っていた椿の元へと向かってくる。
「あ……清一郎……」
「椿様……さて――色々とちょうど良い……」
彼の両腕が華奢な椿の両脇に伸びてきたかと思うと、彼女を米俵よろしく肩に担いだ。
視界が一気に上がって、緊張で身体が強ばってしまう。
「きゃッ……待って、清一郎……! どこへ向かうと言うの……!? きゃあッ……!」
すると、前方にあった黒塗りの車の後部座席へと、強引に放りこまれてしまった。
バタンと扉が閉まったかと思うと、叫ぶ忍を残して走り去っていく。
馬車以上の速さで外の風景が変わっていく中、寝転ぶ椿の身体の上にギシリと重みが乗りかかってきた。
気付けば、清一郎の綺麗な顔が眼前に迫ってきていて、鼓動が落ち着かなくなっていく。
「貴女の屋敷に戻るまでだ――いいや、もう俺の屋敷か……」
「私の屋敷が貴方の屋敷……? 何を言っているの……?」
困惑する椿の顎に、彼の長い指が添えられる。
「あ……」
「吉原に人身売買しようっていう悪徳婚約者から救出してやったっていうのに、あまり喜ばれてはいないようで残念ですね、椿様……」
「清一郎……」
昔のように優しい清一郎の姿が垣間見えた気がして、喜んだのも束の間――。
彼がクツクツと笑い出し、頭に片手を添えながら、笑いはじめた。
気でも狂ったのだろうかという笑いに、先ほどまでの気分の高揚はどこかへ行ってしまい、椿の背に冷たい汗が流れる。
嘲るような凄艶な笑みを浮かべて彼女を見下ろしてくる美青年は――本当に彼女の知る清一郎なのか――。
「なあ、昔と変わらず、世間知らずのまま育ってしまったみたいだな……」
ゾクリとするような色香を孕んだ声音が、彼女の鼓膜を震わせる。
そうして、ゆっくりと彼が口を開くと、奥にギラギラと光る牙が見えた気がした。
「決まっている――お前は今日から俺の愛人になるんだ――お前自身に恨みはないが、お前の家族への復讐がてら――これから毎晩たっぷりと可愛がってやるよ、お嬢……いいや、俺の可愛い荊姫……」
――没落令嬢・椿は、獰猛な獣の檻に囚われてしまったのだった。
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