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しおりを挟む白い粉雪が舞う夕月夜。
凍った道路を走るのは危険だからと、路面電車も荷車も今は走ってはいなかった。
活動写真(※無声音の映画。活動弁士が動く写真の字幕と場面の状況を解説するもの)の帰り道、赤と白の市松柄の着物を纏った幼き少女は、ガス灯の立ち並ぶ雪道の中をザクザクと歩いていた。
彼女の背後を歩く黒縁眼鏡を掛けた祖父は、漆黒の鳶(※インバネスコートを着物用に改良した和製コート)を纏っている。
「お爺様、かつどうしゃしんはあんなにも素晴らしいものなのね……! 私は驚いてしまったわ……!」
「そんなに走ると転ぶぞ、椿」
興奮冷めやらず、はしゃぐ彼女が前方に視線を向けると、自宅付近の真っ白な雪の中に黒い塊を見つける。
(何かしら……?)
「こら、椿、そんな怪しいものに近付くんじゃない」
けれども、好奇心旺盛な少女は、祖父の制止も聞かずにその物体へと駆け寄る。
手がかじかむのも忘れ、冷たい雪を手で掻き分けると、指先に熱を感じた。
雪の中に埋もれていたのは、一人の青年。
夕紅に輝く色素の薄い髪の持ち主が、ゆっくりと瞼を持ち上げると、睫毛が震えた。
「あ……」
とても綺麗な碧い瞳をした美青年だ。
けれども、異国人のように彫りが深いわけではなく、スッキリとした印象の顔立ちをしている。
背後に立つ祖父が息を呑んだのが伝わってきた。
その時、朦朧とした意識の中、美青年が少女に手を伸ばす。
「……ああ、天の御使いか……」
美青年の放つ声音の麗しさに、少女の胸の内に未だ感じたことのない何かが波立つ。
だが、美青年の身の安全が最優先だと幼い少女でも分かる。
「しっかりして、お兄ちゃん……!」
この時出会った美男子が自身の運命を狂わせてくることなど――少女はまだ知らなかったのだった。
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