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5 4人の邂逅
58 ミリー
しおりを挟む明るい日差しが眼裏を刺激してくる。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、ぼんやりとした視界が明瞭になっていく。そんな中、誰かの視線を感じた。
そばにいる誰かの髪が赤いことがはっきりと分かる。
(……アイザック……?)
「目を覚ましたのか?」
だが――聞こえてきたのは目当ての人物に比べて、調子が軽い声調だった。
「……バッシュ……か」
紅くて短い髪をした幼馴染の青年の姿がくっきりと像を成す。
「アイザックじゃねえからって、そんなに機嫌を悪くするなよ……ミリー」
「……別にそんなんじゃないけれど……」
どうやら救護所の中の個室のようだ。
簡易的な椅子の上に座ったバッシュが、こちらを見ながらつぶやいた。
「ミリー、お前の男の好みがアイザックなのは意外だったな……」
「え?」
「まあ、お前が接してきた男も俺ぐらいなもんだったしな……悪い男に騙されるから俺に似た髪の色の男には気をつけろって、兄ちゃんは言って聞かせてたはずだが……特に都会から来たやつとか……」
「バッシュ兄さんが言っても仕方ないわよ……」
「お前が気を失ってる間に色々大変だったんだぜ……」
「そうだ、アイザックとマリーンさんは? それに今日はもう平日?」
ふと――異動の話が出ていることを思いだした。
ちょうどその頃、近くで赤ん坊の泣き声が聞こえ始める。
ふと、バッシュの近くを見ると揺りかごがおいてあることに気づいた。
「うおっ、泣き出したな、ほらほら、泣き止め」
バッシュが赤ん坊を抱きあげ、泣き止ませようと必死だ。
しばらくすると声は小さくなっていき、きゃっきゃっと笑いはじめた。
「見れば見るほど、その赤ん坊、バッシュ兄さんにそっくりね」
「ミリーもそう思うか?」
そうして彼は嬉しそうにほほ笑んだ。
「神様ってのは俺に対してとことん意地悪だって思っていたが――たまに粋な計らいをしてくれるな……」
マリーンさんにアイザックとは体の関係がなかったのだとしたら――暴漢に襲われただとか、他の異性と不純異性交遊に及んだとかでなければ――子種がないと言われていたバッシュの子どもになるのだろう。
「まあ、誰の子であろうと……マリーンの子は俺の子だ……」
ふと聞いて良いのかわからなかったが、聞いてみることにした。
「バッシュはマリーンさんのことが好きなの?」
「え? ああ」
「どうして?」
ぶしつけな質問だっただろうか――。
だが、バッシュはぽつぽつと話し始めた。
「ミリー、お前は妹枠だから、話が変わるが……俺がかかわってきた女達ってのは、皆自分のことしか考えてないようなやつばっかりだった。それこそ、田舎都会関係なく――だが、マリーンは頭は弱いが、言い方を変えれば純真な女だった」
バッシュは続ける。
「俺と同じように、自分には価値がないと思い込んでいたあいつが、俺と話したりすると嬉しそうに笑ってくれるんだ……傷のなめあいだったかもしれないが――俺の心はひどく満たされたよ」
バッシュがマリーンさんの話をするとき、ひどく愛おしそうな表情を浮かべていた。
この幼馴染がこんな顔をするのかと、別の人物のように感じるほどに――。
「違法薬物使用なんかの問題もあるし、まだ情緒も不安定だから。今は警吏のところにいて、戸籍上は夫のアイザックが対応してくれてる」
「そうなのね……」
マリーンさんの様子を見れば、おそらくはアイザックと離縁して、バッシュと今後はともに生きていくのだろう。
そうなれば、私は――。
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