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5 4人の邂逅
56 ミリー
しおりを挟む恋敵にあたるのだろうか――マリーンさんを抱きかかえたまま川面に体を打ち付けた瞬間――。
過去の出来事が頭の中を過った。
『ごめんなさい、私がいなければ……』
――私の母がいよいよ絶命しそうな時――誰かの視線と声が聞こえて、ふと背後を振り返ると、真っ青な顔をした少女が立っていたことを。
考える余裕はなかったけれど、今にして思えば、彼女こそが――。
***
マリーンさんと二人、川に落ちた私の頭の中は――一瞬だけ真っ暗になった。
だが、すぐに川に打ち付けた全身に鋭い痛みが走った後、鈍い痛みがじわじわと広がっていき、これが現実の出来事なのだと悟る。
(苦しい……)
水の中に入った時に水を飲んでしまったのだろう。咳き込んで早く空気を取り込みたいのに――水の流れが速くて、思考の整理もままならない。
(どうにかしなきゃ……どうにか……)
けれども思いむなしく、水で濡れて張り付いた衣服の隙間の中に、さらに水が浸入してきて、どんどん重量が増していく。
「……っ……」
濁流の勢いに飲み込まれ、絶対絶命の状況だ。
鼻の奥に水が入り込んで、ひどく痛くて熱い。
自然に滲んだ涙は、川の飛沫といっしょくたになって消えていく。
一瞬半狂乱に陥りかけたが――。
――腕の中に一人の女性を抱えていることを思いだし、一気に正気に戻る。
(マリーンさんは、すっかり意識を失ってしまっている……あの赤ちゃんに、自分と同じ思いをさせちゃダメ――)
「……げほっ……」
肺が空気を取り込むのに、しばらく時間がかかった。呼吸をしようとすると水の中に沈みこんでしまいそうだ。
意識を失って益々重たくなったマリーンさんの体を懸命に抱きよせた。
冷静さを取り戻しながら、荒れた川の流れにうまく乗る。木片や小石の類が体にぶつかって、全身に鋭い痛みが何か所も走る。
(どうにかするのよ、ミリー)
とにかく川の流れが速い。
騎士になり、今までだって何度か苦境を乗り越えてきた。
その度に、アイザックがさりげなくフォローしてくれていた。
(だけど、今回は私一人の力でなんとか乗り切ってみせる……)
必死に流れに身を任せながら、身体を支えるのにちょうど良い流木を発見し、片腕で掴んだ。
(後は、うまく岩か何かに引っ掛かったりさえすれば……――)
「あ……!」
月の灯りの下、前方に巨岩を見つける。
多少の衝撃は免れないかもしれないが、機会を逃せば夜の海へと放り出される。
覚悟を決めた、ちょうどその時――。
「マリーン! ミリー!」
馬の嘶きと共に、一人の騎士の姿が岩の近くに現れた。
「バッシュ!!」
子どもの頃、この辺りの川でバッシュとは一緒に遊んだ。
この夜の中でも、うまく馬を操ってきてくれたのだろう。
彼がこちらに駆けてくる際に、運よく岩に体が引っ掛かった。
「ミリー、こっちに手をやれ!」
「いいえ、先にマリーンさんをお願いするわ」
流れに負けそうになりながらも、川岸にひざまずいたバッシュにマリーンさんの体を預ける。
ここにきて、水が冷たいことに気づいた。
わりと深位がある場所のようで、肩先まですっかり沈み込んでしまっている。
「ミリーも早くしろ……」
そうして、バッシュが私に手を伸ばしてきたのだが――。
「ミリー!!」
「――!!」
突然――私がつかまっていた流木よりも更に大きな流木が、私めがけて勢いよく流れてきた。
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