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5 4人の邂逅
44 アイザック
しおりを挟む「アイザック」
「ミリー……」
倒れ伏したアイザックの元に、ミリーが黒髪のポニーテールを揺らしながらかけてくる。
夜だというのに、彼女の白い肌は淡く輝いているように見えた。
愛しいミリーが駆けつけてくれたことにアイザックは安堵すると同時に、失態を見られた自身を恥じる。
「こんな無様な姿を見せるなんて……」
「無理はしないで、何なの……? これは毒か何か……?」
彼女の華奢な指がアイザックの首筋に触れると同時に、彼の内に活力が満ちてくるようだった。
そんな中、マリーンが飴色の髪を振り乱しながら、バッシュに向かって叫ぶ。
「いいから、ミリーさんのことが好きだって認めなさいよ!! 私が……私がなんでこんなに惨めな思いを……して……どうして好きでもないアイザックと結婚して……なのにできた子どもは自分の子どもだって認めてくれなくて……」
――好きでもない。
やはりマリーンはそんな気持ちだったのかと、なんだかストンと腑に落ちた。
意識朦朧としながらアイザックが口を開く。
「……たとえ妻だったとして……抱いたことのない女に誰かを孕ませるなんてこと……できるはずがないだろう……」
そんな中――駆けよっていたミリーの姿を見て、アイザックははっとする。
「アイザックとマリーンさんは……結婚していたのよね……」
ちょうど逆光でミリーの顔が見えない。
アイザックの胸の内に暗澹たる気持ちが渦巻き始めた。
ざわざわ胸がざわついて落ち着かない。
――知られてしまった。
自身に妻がいたことが……。
愛のない夫婦関係だったけれど……。
実際に自分が結婚していたのは事実で……。
まだ完全に離縁が成立しない中で――ミリーに恋をしてしまって……。
体の関係を持ってしまったのは事実だったけれど……。
何度か言おうと思っていたのは事実だ。
……自分のことを慕ってくれているかが分からないミリーに、情けない姿を口にするのが怖くて、ついに言えなかった。
だけど――最悪の形で判明してしまった。
(恰好なんてつけずに言えば良かっただけだったのに……そうしたら……こんな最悪の形で分からなかったのに……妻に相手にされないから、手近な女性をだまして手を出したしょうもない男だと……ミリーからは軽蔑されるだろうか……)
「男として情けないと思うだろう……ミリー……」
しばらくミリーは何も返してくれなかった。
顔を俯けた彼女の表情を、アイザック側から読み取ることが出来ない。
「お前には……知られたくなかったな……」
月明かりがミリーの表情を照らそうとする。
毒のせいだろうか、早鐘のようにドクンドクンドクンと鼓動がどんどん高鳴っていく。
彼女に軽蔑されたら生きていける心地がしない。
(ミリーに侮蔑されるぐらいなら、もういっそ毒に犯されて死んだ方がマシだ……)
けれども懸命に声を振り絞った。
「悪かった……君を騙していた……俺は自分のことしか考えきれないやつで……だけど、俺は君のことを……本当に、好きに……」
だけど、肝心要な部分が掠れてしまった。
すると、ミリーが口を開く。
「貴方の事情はよく分からない。だけど……」
――だけど……。
その先、彼女は何というのだろうか。
不安で心臓がおかしな動きをしている。
そうして、ミリーの美しい顔立ちが月光であらわになった。
「貴方は、情けなくなんかないわ……」
ひどく優しい微笑みだ。
「ミリー……」
愛しい彼女の言葉は――どこまでもアイザックの心の中に優しい春解けの水のように染み込んでいくようだった。
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