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5 4人の邂逅
23 アイザック
しおりを挟むそうして――現在。
街へと向かう橋をアイザックは歩いていた。
朝の冷たい外気が鼻腔を刺激してくる。
途中、舗装された道の脇には銀青色のエリンジウムが咲いているのが見えた。
ある意味有事だというのに、彼はミリーのことを思い出してしまう。
(先週だったか……あの時、彼女は何を言いたかったんだろう? もしかしたら大切な何かを伝えたかったのかもしれないのに……俺ときたら適当な返事だけしてしまった)
あの日聞いておけば良かったと後悔が彼を襲う。
その時――。
「アイザック」
ふと、背後から聞こえた声で、現実に引き戻される。
(そうだ……今一緒にいるのは愛するミリーではない)
世間知らずだった自分が娶った妻マリーン。
背後を歩く彼女に隙を見せてはいけないというのに……。
「ねえ、砦にはまだ着かないの?」
結婚当初は男性受けしそうな声だなと漠然と思っていたが、甘ったるい声が今となって自分勝手な不快な音声に聞こえる。
「砦は橋の向こうだ。見たら分かるだろう?」
「ごめんなさい。初めて来た場所だったから、わからなかったの……だけど、私のことを考えて部屋をとってくれて、ありがとう」
しゅんとうなだれたマリーンの姿は、到底母親になったとは思えないほど、子どもっぽく見えた。
その姿と発言が、アイザックの逆鱗に触れた。
「君のためなんかじゃない! 俺の子どもになっている、その赤ん坊が疲れて可哀そうだからだ!」
朝の静けさの中に、アイザックの声が木霊する。
かなり感情的になってしまっている自身を恥じた。
人が少ないことに感謝しつつ、心を落ち着けなおして歩を進める。
(人が近くにいる大門での再会を敢えて選んだのは、自分自身が平静なまま過ごすためだ。だが、会うだけでこんなに不快感を覚えてしまうなんて……)
しばらく夫婦は不気味なほど無言で過ごした。
そろそろ橋に差し掛かる。
ここ数日雨続きだったから、川の流れが速く囂々と音を立てていた。泥水の香りが鼻腔をついてくる。
「ねえ、アイザック、今ここで話があるの……」
「砦についてからではダメなのか?」
「ええ、今すぐが良いの……」
身勝手な振舞いをする妻の話は聞きたくはなかったが――自分も同じ穴のムジナだ。
離婚できていないのに、他の人と関係を持ってしまったのだから。
「少ないとは言え、人がいる。端的に話してもらいたい」
すると、マリーンが口を開く。
「まだ離縁状を提出していなかったこと、意外だった?」
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