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月の章

第27話 新月の夜1

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 ルーナが部屋から出ていった後――。

 空からは太陽が消え、夜が訪れていた。

 ベッドの下に隠していたドレスを取り出し、ティエラは着替える。

(使用人のドレスは、貴族が着用するドレスと違って一人でも着替えやすいから、助かったわ――)

 靴も、かかとが低いものへと変更した。

(日記帳にペンダントを隠していて良かったわ――)

 ソルにもらったというペンダント。

(ルーナは、ソルが私に渡したものだって、知っていたはず……このペンダントを見たら、またルーナの様子がおかしくなるかもしれないと思って、日記帳にしまっていたけれど――)

 ティエラはペンダントをぎゅっと握った。

(まさか襟元を開かれるなんて……念のためにはずしていて本当に良かった――)

 ティエラ以外には気づかれず、開くことも出来ない日記帳。
 都合のよい代物が存在しているのも幸運だった。
 ティエラはペンダントを身に着ける。

 不思議と、何かに護られているような気がした。



※※※



(身支度を整えたのは良いけれど、ここからが正念場ね)

 扉の前の部屋の騎士の数が、ルーナによって増やされている。

(正面から出るのは無理――)

 部屋の中に隠し扉がないかと探してみたが、そんな扉は見当たらなかった。
 ティエラの頬にひんやりとした夜風があたる。
 風に導かれてバルコニーへと向かい、外を眺める。

(この小城の外を、警備する騎士の数もいつもより多いわね――)

 ティエラの部屋は三階にある。
 バルコニーの下を覗くと、植木が並んでいるのが見えた。
 運良く、階の真下には騎士は配置されていない。

(こうなったら、覚悟を決めるしかない)

 ティエラは決意を固めた。
 彼女はバルコニーから乗り出す。ゆっくりと降りると、なんとか二階のバルコニーの端に足をつけることができた。

(良かった、うまく二階へ降りることが出来たわ。このまま地面へ――)

 先程と同じ要領で、一階にバルコニーに移動しようとしたのだが――。

(まずい……!)

 手を滑らせ、身体が宙に投げ出された――。

 二ヶ月程度の記憶しか残っていないが、頭の中にこれまでの思い出がよぎる。

(地面にぶつかる……!)

 ぎゅっと目を閉じ、覚悟を決めたティエラだったが――。

 ――身体を打ち付ける瞬間は訪れなかった。

 ふわりと身体が軽くなる。

 そのままゆっくりと、地面に足がついた。
 
「一見大人しいし、受け身なんですけど、妙なところで行動力があるんですよね。姫様は……」

 暗闇の中から、穏やかな声が聞こえ、ティエラは身構えた。
 姿を現したのは、黒髪長髪を肩先で結び、モノクルをかけた長身の男性――ウムブラだった。

「今のは? 貴方が助けてくださったのですか?」

「魔術を少しばかり使わせていただきました」

 ウムブラはにこやかに、ティエラに話し掛けてくる。
 彼への警戒心は解かないまま、彼女は質問を続けた。

「どうしてこちらにいらっしゃったのですか? ルーナのそばには、ついていなくて宜しいのですか?」

 ウムブラは表情を崩さない。

「今日は新月でしたので、姫様が塔へと向かうのではないかと思いまして――ね。貴方をそそのかした責任が、私にはございます」

 二人が話している間に、近くで騎士達の談笑が聞こえた。

(こちらに近付いて来ている――?)

「今、私が貴女の部屋の下で魔術を使いましたので、ルーナ様が気づかれるかもしれません。私が案内致します。行きましょう」

 騎士達の足音が大きくなってくる。

(迷っている時間はない)

 まだ信用できたわけではなかったが、先を歩くウムブラの後を、ティエラは着いていくことにした。


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