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月の章
第20話 月に想いを馳せる
しおりを挟む新月の夜が近づいてきたある日――。
記憶の手掛かりとなった日記帳を、ティエラはめくっていた。
(この前、日記帳を読んで昔のことを思い出して以来、記憶は戻っていない――)
彼女が何かを思い出そうとすると、いつも決まって頭痛が起きてしまう。そうしてそれ以上、記憶を辿ることが出来なくなっていた。
(やっぱり、塔に安置されている宝玉に近付くしかない――)
ティエラは決心していた。
どういう結末になろうとも、覚悟は決めている。
(もしも、ルーナが私に嘘をついているのだとしても――)
「何があっても貴方を嫌いにはなれない」とルーナに告げた日。
あの日以来、毎夜ルーナがティエラの元に訪室するのは変わらない。
(ただ、以前よりもルーナがさらに過保護になったような気がするわ……)
少しだけ記憶を取り戻していることや、新月の夜に塔に行こう考えていることについて、ティエラはルーナには黙っていた。
(罪悪感がないとは言えない。だけど、記憶が戻ったとは言え、本当に少しだから、ルーナに知らせなくても良いはず……)
ティエラは、自分にそう言い聞かせていた。
ふと――。
(この日記帳の背表紙、やけに厚いわね――何かしら?)
彼女が背表紙に手を触れた時――。
「姫様、失礼致します」
――部屋の扉を叩く音と共に、声が聞こえた。
ティエラの身体はびくりと震えた。
「……は、はい。どうぞ中へ――」
部屋の中に入ってきたのは、ティエラの世話を担っているヘンゼルだった。
ティエラは、さっと枕の裏に日記帳を隠す。
「どうしたの、ヘンゼル?」
「いつものように、ティエラ様の朝の身支度のために参りました」
ヘンゼルは、淡い紫色のドレスを手に抱えていた。
彼女はいつものように、手際よくティエラのコルセットを締め付ける――。
そんな中、ティエラはヘンゼルに問いかけた。
「ルーナの女性に対しての態度を知りたいのです……彼は、誰に対しても優しいのですか……?」
「え――?」
(想像とは違う内容だったのかしら――?)
ヘンゼルは怪訝な表情を浮かべていた。そして彼女は少し思案した後に、ティエラに返事をする。
「姫様のおっしゃる通り、誰に対してもお優しいところが、ルーナ様には確かにございますわね……」
(やっぱりそうなのね――)
ティエラはがっかりしてしまった。
やはり、ルーナは誰にでも優しいようだ。
(私以外の他の女性等にも、甘い言葉をかけたりするのかしら……)
ティエラの心が千々に乱れているところに、ヘンゼルが続ける。
「他の女性にも優しいですが、姫様に対してだけ異常に甘いですね」
(私にだけ甘い――)
ティエラの心は少しだけ明るくなった。
一方、何やら思い出しながら、ヘンゼルはため息をつく。
「ルーナ様に声をかける女性は可哀想と言わざるを……それに……」
ティエラはヘンゼルの話に、真剣に耳を傾けた。
気づけば、ティエラは着替え終わっている。
腰のリボンを整えながら、ヘンゼルは続きを口にした。
「姫様に仇なすとみなされた方に対しては、女性であっても、やりすぎじゃないかというぐらい……かなり厳しくいらっしゃいます……喋りすぎましたね……」
少しだけ憂いを帯びた表情をしながら、ヘンゼルは部屋を去った。
(『厳しいルーナ』……バルコニーでの彼は、確かに怖かったわ……)
まだ知らない一面がルーナにはあるのかもしれないと、ティエラは思ったのだった――。
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