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月の章

第17話 太陽について思い出したことは

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 婚約者のルーナ。

 護衛騎士だったソル。


(二人との、記憶を失う前の関係……)


 ティエラは考えていた――。

 「ルーナ様とも仲が良かった」と、ヘンゼルから言われたことを思い出していた。


(記憶を失う前の私は、ソルのことを……好きだったの……?)

 ウムブラの言い方だと、ソルとティエラは幼馴染み以上の関係だった可能性すらある――。

 仮にそうだったとしても――。

(今の私は……ルーナのことが……)

 ウムブラの言う通り、このまま思い出さない方が良いのかもしれない。

 けれども、胸の奥で警鐘が鳴っている感覚が消えない。

(ルーナは、何かを隠している……)
 
 それはティエラのためを思ってなのかもしれない。

 だけど、彼女とルーナとね婚礼の儀を執り行う前に、ソルについても知らないといけない。

(即位の際、神器は全て揃っていた方が良いわ。それに、剣の一族以外に真犯人がいるかもしれない)

 ティエラはそう自分に言い聞かせた。



※※※



 ウムブラと別れた後、部屋に戻ったティエラ。

 ベッドに置いたままになっていた日記帳に、彼女はさっそく目を通した――。

 やはり、ソルに関する部分のページは見当たらず、黒いインクでページが汚されている部分が多い。
 よく見れば日記帳には鍵がついていたような跡もあったが、錠前は壊れてなくなっていた。

 日記がおかしな状態だったため、半ば読むのを諦めていた。

(だけど、何かしらのヒントが隠されているかもしれない)

 ひとまず読めそうな部分を探すことにした。

「ん、ここは読めるかしら?」

 文字は子どもが書いたような字体が多かった。

 たどたどしい文字を、彼女は指でなぞる。

「消えている名前はソルかしら――? 『わたしはきょうもソルをおこらせてしまった。ルーナにそのことをはなしたら、ソルはしんぱいしているんですよとおしえてくれた。ルーナはやさしい』」

 ソルと特別な絆と言われ身構えていたが、読んでみたら、ルーナを讃えるものだった。

(というよりも、昔の私もルーナを……?)

 幼い頃のティエラが抱く、ルーナと会えることへの嬉しさ。

 日記帳からは、その喜びが伝わってくる。

(私が八つ? 九つ位かしら……?)

 その後も読める箇所を拾い読みした。

(ルーナに関する文章ばかり……)


『ルーナがほほえみかけてきた』

『ルーナが、かわいらしいと言ってくれた』


 今と変わらず、ルーナはティエラにかなり甘かったようだ。

 ソルに関しては、『怒られた』、『喧嘩になった』という文面ばかりが目立つ。

(ソルと私の関係は杞憂だったのかしら――?)

 ティエラが思い始めた矢先に、ある文面が目に入った。

「『いわいのばで、ソルがおんなのひとに、ひめさまをばかにするなとおこった。まだこんな……』」

 頭の中で何か閃く。

『こんなに小さな婚約者をお相手するなんて……国王が決めたこととは言え、可哀想ですわね、ルーナ様。女性との浮き名を流されるわけですわ。いかがですか? 今夜は私と――』

 妖艶な女性の声――。

 頭が軋むような気がした。

(今の台詞は――?)

 塗りつぶされていて確認は出来ない。

(本当にあった記憶?)

 ティエラは読み進める。

「『ルーナは、ティエラさまはティエラさまのままでいいですよといった。けれども、うわさのことはしっている。はやくおとなになれば、かなしくないのだろうか』」

(ルーナと他の女性との噂――)

 読みながら今のティエラも傷ついてしまった。

 ルーナが女性から好かれそうだとは思ってはいたし、本人も否定はしなかった。

(だけど、彼が浮き名を流していたなんて、あまり知りたくはなかったわ――)

 日記帳を読みながら、今のティエラも傷付いてしまった。

(ルーナは、『姫様のことをお慕いしておりました』と言っていたけれど……私が八歳なら、ルーナは十八歳だもの……その当時のルーナからすれば、私はまだ恋愛対象ではなかったのかもしれない……)

「『かなしんでいると、ソルが、おれはティエラだけを――』」


『ずっとみてるから!』


 また頭に、何か浮かぶ。

 幼いソルと思われる少年の真っ直ぐな碧色をした瞳――。

 その時のティエラが抱いた胸の高鳴り――。

 頭の痛みが増したが、彼女は読み進めた。

 しばらく読めないページや破れたページが続く。

 ――辛うじて読める場所を、ティエラは見つけた。

 王歴をみる限り、数年前のことのようだ。

「『辺境で他国の侵略があり、神器の力が必要だからと……ソルが私の護衛騎士を外れて、戦争に向かうことになった。ソルは私に、絶対に帰ってくると話し、私に――をくれた』」

 文章はそこで途絶えた。

 以降のページは全て破れていた。

(ソルが何をくれたのかは、消されてしまっている――)

 だけれど――。

(ソルから、大切な何かをもらったはず……)

 なぜだか、大切なものだと彼女には分かってしまった――。
 
 ティエラの目から、一滴の涙が零れたのだった――。



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