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月の章

第12話 月への嘘と罪悪感

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 ティエラの部屋は、元の静けさを取り戻した。
 扉が勢いよく開かれる。

 部屋の中に入ってきたのは、数名の騎士を連れたルーナだった。
 ティエラの姿を見ると、彼は安堵した表情を浮かべる。だが、涙を流したままのティエラに気づくと、彼は表情を曇らせた。
 ルーナは、部屋の周囲を確認しながら、ティエラの近くまで歩み寄ってくる。そして、彼女の肩に手を置いた。

「姫様、申し訳ございませんでした。この部屋で魔力の揺れを感知したので、直ちにこちらに馳せ参じましたが、遅くなってしまいました」

 今日は、月が隠れているからだろうか?
 いつもは月明かりで輝くルーナの蒼い瞳に、光が宿っていなかった。

「姫様の御身に、何か変わったことはございませんでしたか?」

 いつものように、ルーナはティエラに対し気遣いの言葉を並べる。そして、彼女に優しく微笑みかけた。

 ふと、先程まで話をしていたソルの姿がティエラの脳裏をよぎる。

 剣の守護者であるソルが父王を殺したと、ルーナは話していた。

 ソルは、ティエラを裏切っていないし、国王も殺していないと訴えていた。

 二人の話には矛盾がある。

 ソルの言い分をティエラが信用しなければ良いのだろう。だが、彼のティエラに語りかける様子は真剣そのものだった。
 全くの嘘だと決めつけるものよくないだろう。

 ルーナも知らない何かが、父の殺害現場では起きていたのだろうか――?

 ソルが国王を殺した犯人だと、誰かがルーナに嘘の報告をしていた可能性もある。もちろん、例えばの話だが。

 玉の一族と剣の一族は、権力闘争をしていると聞いた。

 一族同士の仲をさらに悪化させて、得をする誰かがいてもおかしくはない。

 それとも――。

 そこまで考えて、ティエラは首を横に振った。

「何もありませんでした」

 ティエラはルーナにそうとだけ告げる。
 
(……嘘をついてしまった……)

 本当は、鏡越しにティエラはソルと会話をしていた。
 なのに、ルーナに真実を伝えることが出来なかった――。

「そうですか」

 ルーナは少しだけ寂しそうに呟いた。

 ――気付けば、ティエラの部屋から、他の騎士達は退室している。

 部屋の中には、ルーナとティエラの二人きりだ。

 ティエラの肩に置いてあったルーナの手が、ティエラの亜麻色の髪へ移る。彼女の髪を、彼は優しく撫でてくる。
 そうして、ルーナの指がティエラの輪郭をなぞった後、ティエラの唇に触れる。
 そのまま顎を持ち上げられ、ルーナに唇をついばまれた。

(口付け……)

 以前はどうだったのか覚えていない。

 記憶を失ったティエラからすれば、ルーナとは初めての口付けだった。

 ルーナに嘘をついた罪悪感もあり、抵抗することも出来なかった。
 何度か軽い口づけが、彼から落ちてきた後――。
 

『ティエラ、――には気をつけろ』


――ソルの顔が浮かぶ。

 咄嗟にルーナの唇から離れてしまった。


「ごめんなさい、急に……その……初めてで、よく分からなくて……」


「良いのですよ。このままだと、私も姫様に何をするか分からなかったので」


 一瞬だけ見えたルーナの瞳が、なぜだか暗い光を宿していたような気がした。

 そうしてルーナは、ティエラを一度抱き寄せ、部屋から出ていった――。



 彼女は、一人になった。

 どうしてだろうと考える。

 どうして、ルーナに嘘をついてしまったのだろう、と。
 


 どうして、ルーナと口づけている時に――、


――ソルの顔が浮かんできたのだろう、と。


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