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しおりを挟む「何が不満なんだ? 金銭や生活には不自由させていないはずだ。失礼かとは思うが、そもそも俺と離縁したところで、君の父親である侯爵が領地領民の管理が出来るとは到底思えない――君の弟は優秀だが、まだ若いのだから、誰かの援助は必要なはずだ」
どうして私がそのようなことを言っているのか理解できないと言った様子で、エドガーは私のことを見ている。
いつも冷静な彼は、いつものように淡々と答えてきた。
座ったままの彼は、一度ため息をつく。
「ああ……君の家族のことを悪く言いたいわけじゃなくて……理由を教えてくれないか?」
だけど、正直に答えるのも躊躇われ、彼から目をそらした。
「セイラ……聞いているのか、セイラ?」
何度か名を呼ばれ、根負けした私は彼から視線をそらしながら、ぽつりと呟いた。
「だって……エドガーは、秘書である彼女……サラのことが好きなのでしょう?」
思わず声が震える。
「サラ……? 俺が彼女のことを……? どうして、そういう考えになったんだ?」
静かに彼が問い返してきた。
「この間、貴方が彼女と嬉しそうに話していたのを見たのよ……」
「嬉しそうに……? ああ、あの時の廊下での話か……だが、俺の秘書なのだから会話をしても当然で……そんなくだらないことを君が気にするだなんて思いもしなかった」
そう言って、ため息をつくエドガーに対して、私はいつの間にか声を荒げていた。
「くだらないことなんかじゃないわ……! あなたは私のことを、全然求めてくれないじゃない……! なのに……! サラとは情熱的な一夜を過ごしているんでしょう!?」
彼は菫色の瞳を見開いていた。
「どうして、そんなことに……」
「エドガー、とぼけないで! だって……私、サラに言われたんだから! 本当の貴方の夜の姿は情熱的だって……!」
「サラが、そう言ったのか……?」
「ええ、そうよ……」
いつの間にか、私は泣いてしまっていた。
赤い絨毯にポタポタと涙が落ちて染みを作っていく。
立ち上がったエドガーは、私の方を振り向くと、低い声で問いかけてきた。
「それで? 君は、あの秘書の言うことを信じたのか?」
ぞくりとするほど恐ろしい声音で、彼が問いかけてくるため、知らずに私の背は震える。
怒りよりも恐怖が強くなっていく。
カラカラに渇いた口で、彼になんとか応えた。
「……そうよ……」
「そうか……だったら……」
そう言って、彼はつかつかと靴を鳴らしながら近づいてくる。
私の横を通り過ぎたエドガーは執務室の外にいる執事に声をかけ、秘書のサラを呼ぶように告げた。
(そんな……浮気相手を呼んでくるなんて――)
自分から離縁を申し込んでおきながら、彼に真実を告げられるのを恐れている自分に気づく。
エドガーはいつもの無表情のままだ。
波のように落ち着かない気持ちのまま過ごしていると、浮足立ったサラが、部屋の中に現れた。
「エドガー様、どうなさいましたか?」
前下がりのボブで、いかにも頭が良さそうな美人であるサラの姿と自分を比較して、私は身がすくむようだった。
「セイラ、俺はサラを――」
エドガーが重たい口を開く。
私は思わず目を瞑った。
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