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無垢な花嫁は、青焔の騎士に囚われる【短編版】

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(私は今日、エストの王弟であり将軍である男性のもとに嫁ぐ)
 
 顔も知らない男性と結婚をするなんて、王族や貴族の間では普通のことだ。

 女性はいつの世も道具でしかない。

(それに政略結婚とは名ばかり……本当は捕虜でしかない)

 考え事をしている間に、互いの国境の緩衝地帯である荒野へと辿りついた。
 荒れた地には、互いの国から厳選された数名の要人達が控えている。

 これから、いくつかの儀式を経て、オルビスからエストへと引き渡しが行われるはずだったのだが――。


「へぇ、そちらの姫さんが、俺の花嫁になる女か?」


 突然、厳正なる儀式の最中に、艶があるが乱雑な印象を受ける青年の声が聴こえた。

 周囲の大臣たちがざわつく。
 
 驚いて顔を上げた私の眼前に現れたのは――。

(だれ? まさか?)

 ――藍色の短髪に、紫色の切れ長の瞳を持ち、日に焼けた肌の長身痩躯の青年。
 
 一見すると細みに見えるが、鍛え抜かれたことが分かる締まった身体に、エスト・グランテ王国の騎士団所属を意味する黒いコートを羽織った彼の正体は――。

「デュランダル様!! まだ神聖な儀式の最中でございます! いくら王弟のあなたとは言え許されは――」

 頭を何かで撃たれたかのような衝撃を受ける。

(そんな……この人が私の旦那様になる人?)

 白髪の神父の言うことを無視して、デュランダルと呼ばれた青年は、私に近づいてきた。
 私の顔を覆うケープを、彼がはぎとって捨てる。

「きゃっ!」

 衆目に顔が晒されてしまった。


「化粧はしてるが、まだガキじゃねぇか。兄貴も、俺に面倒ごと押し付けやがって」


 隣国の姫君である私に向かって蔑むような視線を送ってくる青年に、私は何も答えることができずに震え始める。
 突然、私の腕を彼の大きな手が掴んできた。

 同時に、彼の身体に引き寄せられる。


「一応名乗っておくが、俺がお前の旦那になるデュランダル・エスト・グランテだ」


(やはりこの男性が――)


 そう言うや否や、唇に柔らかい何かが押し付けられた。

「ん――」

 急に息が出来なくなって混乱してしまう。

(何なの?)

 必死に彼の身体を押しのけようとした。
 だが、彼の鍛え抜かれた身体は、私の力なんかではびくともしない。

 一度、唇が離れた後、今度は口の中に別のものが侵入してくる。
 口腔内の粘膜を這うものの正体が、デュランダル将軍の舌だと気づくのにしばらく時間を要した。

「んっ、あふっ、は、う……」

(夢に見てた、初めての口づけだったのに……)

 理想と現実の違いが悲しくて、涙で視界が滲んでくる。
 けれども、同時に全身にぞくぞくとした甘い痺れが起こった。

(私、いったい?)
 
 どのぐらい時間が経ったかは分からないが、彼の唇がやっと私の唇から離れる。

「は……あ……」


「ああ? ……もしかしなくても初めてだったか? まあ、でも悪くなかっただろうが? 儀式とかかったるいのが嫌いなんだよ。おい、誰か、花嫁を連れて帰るぞ」

 場が騒然とする中――私の身体は羞恥で動けなくなっていた。

 周囲はざわめくばかりで、私たち二人に誰も近づこうとしない。

「ちっ、相変わらず、俺におびえてばかりだな。エストには、まともに仕事のできるやつはいないのかよ」

 花嫁姿のままの私は、デュランダル将軍の肩に担がれてしまった。
 視界が反転し、ますます状況についていけない。
 隣国の姫である私を粗野に扱う将軍デュランダルに対して、恐れて口出しできるものがいなかった。

(この人……怖い……)

 彼の肩で震えていると、声を掛けられる。

「人質のお姫様、安心しろ。俺はお前みたいに震えてばかりの女に興味がない。そして、俺自体も女に不自由していない。俺があんたの元を訪れることはほとんどない」

「それはいったい、どういう?」

「本来の捕虜の役割だけ果たして、屋敷で自由に生きておけってことだよ。別に子どもも欲しくねぇしな……なんだ、政略結婚でも愛が育めるとか、そんな夢でも抱いてたのかよ? 可哀そうな、お飾りの花嫁さん」


(お飾りの花嫁……)


 彼の言う通り――。

 知らない青年かもしれないし、名目上の妻かもしれないが、物語のように徐々に恋をして愛をはぐくんでいけるかもしれないと、心のどこかで期待していた自分の理想は全て崩されてしまった。

「わ、わたし……」

 極度の緊張とショック――デュランダルの肩の上で、糸が切れたように私は気を失ってしまったのだった。



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