あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)

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後日談1

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 結婚してから数年、仕事の多忙さもあってか子どもが出来ない日々が続いたが、シャーロック・フォードの妻アメリアがついに第一子を妊娠した。
 母となる彼女は活発だったので、子どもが出来たというのに動き回る。

「アメリア、心配だから、そんなに動かないでおくれ」

「シャーロック様ったら、本当に心配性なんですから」

 心配性の夫とは対照的に妻は明るかった。

 そうして迎えた臨月。予定よりも少し早い頃に、彼女が産気づいたとの連絡が入った。
 夜中、領地を訪問をして寝泊まりする予定だったシャーロックは馬車で屋敷に急いだ。
 使用人たちに迎えられ、起きているという妻の元へ向かう。

「アメリア!」

「シャーロック様! 長旅お疲れ様です」

 出産中かと思いきや、ブラウンの髪を三つ編みにした彼女はベッドに座っており、いつものように微笑んだ。
 初産は長いというが、アメリアはとんとん拍子に出産が済んだようだ。
 途中廊下を駆けてきたシャーロックは、額に貼りついたキャラメルブロンドの髪を払った。
 そうして、愛おしそうに我が子を抱きかかえる妻に近付く。

「ほら、シャーロック様、見てください。女の子ですよ」

「アメリア、大変だっただろう? 一緒についてあげたかったのに、君にだけ辛い思いをさせてしまった」

「シャーロック様の御子に会うためなら大丈夫です。『本当に初めてのお子さんですか?』って聞かれるぐらい速かったんですよ」

 眠る赤ん坊のことをシャーロックは恐る恐る覗いた。
 自身の血を継ぐ子ども。
 まだ若い頃、身体の弱いマーガレットを妻に迎えようとしていたし、子どもを望んでいなかった。
 結婚が決まっても、子のことを、所有する爵位や財産を継ぐために必要な存在ぐらいにしか思っていなかった。
 今、アメリアが抱いているのは女児だ。
 当時の感覚のままなら、もしかしたらガッカリしていたかもしれない。
 けれども妻に出会って優しさに触れて、性別なんて関係なく彼女との家族が欲しいと思った。 
 愛しい妻の産んだ子を前にすると、形容しがたいほどの歓喜で胸が熱くなる。

「触っても大丈夫だろうか?」

「はい、どうぞ」

 壊れ物に触れるように小さな手に、そっと自分の手を近づける。
 ふと、彼の眼裏に、かつて戦地に旅立つ際の出来事が――婚約者だったマーガレットの姿が浮かんだ。
 彼女のひんやりと冷たい手と、戦場から帰ってきた後の褥の凍えるような寒さと――。
 シャーロックにためらいが生じた。
 ――生まれてきてくれたのは嬉しい。だけど、同時に失う不安が顔を覗かせてくる。
 この時代、たとえ貴族の子であろうとなかろうと、亡くなる可能性が否定できない。
 もし、この子を失うことがあったとしたら――。
 
「あぅ、あ」

 指をきゅっと赤子の手が握り返してきた。
 とても小さいのに、とても温かかった。
 生命力に満ち溢れた、小さな小さな命。

「シャーロック様ったら、本当に心配性ですね」

「え? ああ、そうだね」

「健康が取り柄の私が産んだんだから、この子も元気に育ちますよ。これからは私たちが一緒です、シャーロック様」

 太陽のように微笑むアメリアと、彼女の産んだ我が子。
 じわりとシャーロックの翡翠の瞳に涙が滲んだ。

「――俺に家族をくれて、ありがとう。アメリア」

「こちらこそ、ありがとうございます」

 いつでも健気で明るいアメリアを、新しく出来た家族ごと、シャーロックは抱きしめたのだった。



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