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9-3 シャーロックside

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 立ち尽くしていたシャーロックの元に、サー・ヴィンセントが近づいてくる。

「ロード・フォード、差し出がましい真似をしました」

「ああ、いや、妻を送っていただいて……こちらこそ感謝しているよ。その……馬車の中では二人だったのかな?」

 自分は何を聞いているんだとは思ったが、つい口をついて出た問いはそれだった。

 すると、年若い青年はそれについては返答はせず、ちらりと馬車を見た後、悲し気に微笑んできた。

 そうして、彼はぽつぽつと語りはじめる。

「――もう少しで僕が成人したら、アメリアを迎えに行こうと思っていました」

「え?」

「だから、ロード・フォード……アメリアのことを幸せにしてあげてください。もし、彼女が不幸せになるのなら、周囲になんと言われようと――たとえ、貴方の元からだろうと、僕はアメリアを連れ出します。それでは――」


 そう言うと、サー・フォードは馬車の中に帰っていった。


 ――アメリアを一途に想う幼馴染の青年エドワード。

 一方で、他に想い人がいながらも、妻を娶ったシャーロック愚かな自分

(完全に、俺の方が間男だな……)

 一途に想ってくれる幼馴染から引き離され、一回り近い金で物を言わせる男に、親から金で売られた不憫な少女の構図に見えてきた。


(ああ、いや、そもそも……)

 いつからアメリアのことを本当の妻になったと勘違いしていたのだろうか。


 ひどく思い知らされてしまった。

 ――自分にだけ、誰か想う人がいるというのは傲慢だったのだろう。

 それに――これは契約結婚だったのだと。

 ――他の誰かが胸の内にいる間に、他の女性を娶ってはいけなかったのだと。 



「アメリアから、話ってなんだろう……昔の恋人と同じ顔の女性を選んで怖いとか言われて……さっそく契約を破棄したいとか言われたりするんだろうか……」


 最近、アメリアがそばにいるのが当たり前になってしまっていた。

 跡取りを産んだら、もう夜の営みはしないと言っていたけれど、子どもを産む頃には気が変わっているかもしれないと、そんな風に少しだけ気楽に考えていたのだ。

 それに――。

 自分は愚かだから、契約だとかそんなことはすっかり忘れて――にこにこ笑う彼女と、彼女が産んだ子どもたちと暮らせたらと――一心の奥底で思っていたことに気づいてしまう。


「……気づかなければ良かった……」


 また一人に戻るのかもしれないと思うと、言いようのない絶望感が襲ってくる。

 妻によく似た元婚約者の顔と、妻の顔が同時に浮かんだ。

「マーガレット……君のことを忘れたわけじゃなく……」

 こんな時でも弁明する自分は、つくづく愚かだと思う。


 ――彼女を一途に想う男性エドワードこそが相応しく――他の誰かのことも愛したままの自分シャーロックでは――。


「俺は……アメリアに相応しくない……」


 耳に届いた自分の声が、マーガレットが亡くなった頃の自分の声によく似ていた。


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