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第5章 荒れ狂う海、消えゆく君を追いかける
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しおりを挟む「それ以上に愛せそうなものって、天体観測のこと?」
美織の解答を聞いて、蒼汰は苦笑した。
「そうだな、天体観測もその一つかもしれないな?」
「んん? なんで疑問形なの? 私、何かおかしなこと言ったかな?」
「いいや、別に。そうでもないさ」
彼はもう片方の手で彼女の頬を包み込んだ。硬い肌に濡れた肌がしっとりと吸い付いた。
「きっとお前に出会っていなかったら、俺は俺自身の望みを見失ったままだった」
そうして、雲の切れ間から月が姿を現わして、二人のことを静かに照らした。
蒼汰の顔が美織の顔に近づくと、二人の唇がそっと重なり合う。
一度だけ、とても長いキス。
蒼汰がそっと離れると、美織に告げる。
「好きなもの全部守れたんだ。俺は今、すごく幸せだよ」
「あ……」
「好きなもの全部」の中に自分が含まれていることに気付いたのだろう。
美織が頬を朱に染めた。
「死ぬつもりだった俺に、幸せな時間をくれてありがとう。これで俺はもう未練はなさそうだ」
「未練はやっぱり泳ぐことだったの?」
美織が尋ねると蒼汰が苦笑した。
「俺の心残りはさ……まあ、自分で思い出してくれよ」
「え?」
彼女はキョトンとしていた。
蒼汰の心残りは――高波に攫われる前に思い出した、かつて美織と交わした約束。
「だけど、そうだな、もう俺の未練はなくなったけど、心残りがあるとしたら……」
蒼汰は美織の身体を引き寄せると強く強く抱きしめる。
どれだけ抱きしめ合っただろうか。
空で星が輝き水平線へと落ちていく。
「あ」
「流れ星」
まだ流星群には早い日のはずなのに。
暗闇の中、星が海に向かって流れては消えていく。
風は凪ぎ幻想的な光景が二人の眼前に広がる。
「綺麗」
蒼汰に抱きしめられながら美織はうっとりと夜空の流れ星を眺めていた。
ずっとこうしていたかったが、どんどん蒼汰の身体は視えなくなっていく。
次第に美織を抱きしめる感覚も失われていく。
そんな中、ポケットに仕舞っていたはずの流れ星の欠片を詰め込んだ小瓶だけが熱を放っていることに気付く。
蒼汰は小瓶を取り出した。彼が手にしているにも関わらず形を保っている。
美織が「あ」と声を上げた。
「蒼汰お兄ちゃんにもらった流れ星の欠片……この間探しにいっても見つからなかったのに……!」
美織が歓喜の声を上げる。
「美織、お前にこれを返しておくよ」
そうして、蒼汰が美織に小瓶を返そうとしたのだが……
パキン。
小瓶は音を立てて割れてしまった。
「あ!」
そうして、中に入っていた小さな石粒がサラサラと零れ落ちていく。
凪いでいたはずの風が粒を巻き上げると、キラキラとまるで星々のように輝いて二人の周囲を舞い踊った。
「ああ、もう時間みたいだな」
蒼汰はすうっと光になって夜闇に溶けて消えていく。
美織の瞳から溢れた涙が、流星群と星の欠片の光で煌めく。
「美織、俺はお前と一緒に生きたかったな」
消えゆく蒼汰の表情は、まるで海の中を自由に泳いでいた頃のように、とても充たされたものだった。
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