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第5章 荒れ狂う海、消えゆく君を追いかける
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溺れる美織の身体に手が届く。
「美織!!」
「あっ……!」
そうして、蒼汰は美織の冷たい身体をかき抱く。水を含んだ衣服越しに感じる体温はほんのり温かくて安堵した。
荒波から顔を覗かせた彼女が咳込むと小刻みに身体を震わせる。
荒れ狂う波の中、蒼汰はちゃんと美織のことを連れて泳いで浅瀬へと辿り着いた。
浅い呼吸を繰り返す彼女の身体を横抱きしてから浜辺へと乗り上げた。
「良かった、美織。またお前を助けることが出来た」
美織がパチパチと睫毛を震わせると、漆黒の瞳に涙を潤ませながら告げてくる。
「ありがとう。やっぱり君はずっと私の王子様だよ」
「そうか、ありがとう」
蒼汰は美織の海岸へと誘導する。
ちょうど台風の目に入ったのだろうか。もうすっかり暗くなった空には満天の星が輝いている。
そうして、防波堤に繋がる階段に到達した頃には、すっかり蒼汰の身体はもうほとんど消えてしまっていたのだ。
彼は美織の身体をそっと石の階段の上に座らせた。
何かを悟ったのだろう、彼女が瞳を潤ませる。
「消えないで」
透けてゆく蒼汰のことを美織が抱きしめてこようとした。
「ダメだ」
だが、彼は拒否する。
彼女がひゅっと息を呑んだ。
蒼汰は一度だけ瞼を瞑るとそっと持ち上げた。
そうして、美織のことをまっすぐに見据える。
「これから先、色んな奴に教えてやってくれよ」
「え?」
「お前が俺に教えてくれたみたいにさ」
蒼汰はふっと微笑んだ。
「私が君に何を教えたっていうの?」
「好きなものは好きだってことだよ」
「え?」
美織が面食らった表情を浮かべた。そうして、唇を尖らせて抗議してくる。
「君の言い回しは抽象的で難しいよ」
「そうか? お前の抽象的な言い回しが移ったのかもな」
身体はどんどん陽の光に透けていっていたが、蒼汰はくつくつと笑った。
「お前が俺に教えてくれたこと……そうだな、全ての人には光を届けてはやれないかもしれないけれど……誰かの星にはなれるかもしれない」
美織がハッとした。
「消えてしまった後も、輝きを誰かに届けることができる」
いいや、きっと誰かの星になるのではなく――
きっと人は生まれてきた瞬間から、誰かの希望の星たる存在なのだ。
命の炎を燃やし続けている間も、消滅してしまった後でも……
大きな光や小さな光でも……
明るい光や暗い光……
色んな光があるけれど……
どんな光でも誰かの心の中で未来永劫輝き続けることが出来るのだから。
「あとはさ、すげえ好きだった水泳と同じぐらい、いいや、それ以上に愛せそうなものがこの世にあるんだって、お前は俺に教えてくれたんだ」
蒼汰はふっと微笑んだ。
彼女の濡れた髪が頬に張り付いている。彼の指がそれをそっと払った。
「美織!!」
「あっ……!」
そうして、蒼汰は美織の冷たい身体をかき抱く。水を含んだ衣服越しに感じる体温はほんのり温かくて安堵した。
荒波から顔を覗かせた彼女が咳込むと小刻みに身体を震わせる。
荒れ狂う波の中、蒼汰はちゃんと美織のことを連れて泳いで浅瀬へと辿り着いた。
浅い呼吸を繰り返す彼女の身体を横抱きしてから浜辺へと乗り上げた。
「良かった、美織。またお前を助けることが出来た」
美織がパチパチと睫毛を震わせると、漆黒の瞳に涙を潤ませながら告げてくる。
「ありがとう。やっぱり君はずっと私の王子様だよ」
「そうか、ありがとう」
蒼汰は美織の海岸へと誘導する。
ちょうど台風の目に入ったのだろうか。もうすっかり暗くなった空には満天の星が輝いている。
そうして、防波堤に繋がる階段に到達した頃には、すっかり蒼汰の身体はもうほとんど消えてしまっていたのだ。
彼は美織の身体をそっと石の階段の上に座らせた。
何かを悟ったのだろう、彼女が瞳を潤ませる。
「消えないで」
透けてゆく蒼汰のことを美織が抱きしめてこようとした。
「ダメだ」
だが、彼は拒否する。
彼女がひゅっと息を呑んだ。
蒼汰は一度だけ瞼を瞑るとそっと持ち上げた。
そうして、美織のことをまっすぐに見据える。
「これから先、色んな奴に教えてやってくれよ」
「え?」
「お前が俺に教えてくれたみたいにさ」
蒼汰はふっと微笑んだ。
「私が君に何を教えたっていうの?」
「好きなものは好きだってことだよ」
「え?」
美織が面食らった表情を浮かべた。そうして、唇を尖らせて抗議してくる。
「君の言い回しは抽象的で難しいよ」
「そうか? お前の抽象的な言い回しが移ったのかもな」
身体はどんどん陽の光に透けていっていたが、蒼汰はくつくつと笑った。
「お前が俺に教えてくれたこと……そうだな、全ての人には光を届けてはやれないかもしれないけれど……誰かの星にはなれるかもしれない」
美織がハッとした。
「消えてしまった後も、輝きを誰かに届けることができる」
いいや、きっと誰かの星になるのではなく――
きっと人は生まれてきた瞬間から、誰かの希望の星たる存在なのだ。
命の炎を燃やし続けている間も、消滅してしまった後でも……
大きな光や小さな光でも……
明るい光や暗い光……
色んな光があるけれど……
どんな光でも誰かの心の中で未来永劫輝き続けることが出来るのだから。
「あとはさ、すげえ好きだった水泳と同じぐらい、いいや、それ以上に愛せそうなものがこの世にあるんだって、お前は俺に教えてくれたんだ」
蒼汰はふっと微笑んだ。
彼女の濡れた髪が頬に張り付いている。彼の指がそれをそっと払った。
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