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第5章 荒れ狂う海、消えゆく君を追いかける

27-1 美織の過去(後編)美織side

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 まだ小さい頃の美織は海岸線に向かって坂道を駆けていた。
 胸の中では嫌な予感が渦巻く。
 こんなに走ったのは初めてかもしれない。
 すごく息が苦しくて、心臓が壊れそうだし、全身が熱いし痛い。
 だけど、間に合わせないと……!

『きゃっ……!』

 坂道の最後の方、雨に足を取られて転んでしまった。ぬかるんだ場所にスライディングしてしまったから、お気に入りの白いワンピースが泥でぐっしょりと濡れてしまった。
 膝を擦りむいてしまって、すごく痛かった。
 普段だったら泣いて動けなくなっていたかもしれないけれど、なんとか立ち上がった。
 そうして、泥だらけの姿のまま平坦な道を駆ける。走る場所が最近舗装されたコンクリートに移ったからか足裏がすごく痛い。
 なんとか海岸線に辿り着く。
 雨足が強くなってきて、礫の雨が全身を打ち付けてくるせいで痛いぐらいだったが、前だけを見据えた。
 傘も持たずにぼんやりと防波堤から身を乗り出そうとする男の人――蒼汰の姿が目に入った。

 ……彼がどこかに行ってしまう!

 美織の胸の内に焦燥が募った。
 そうして、彼が海に飛び込もうとする時、大声を上げる。

『お兄ちゃん、ダメ、行かないで……!』

 直後、どこまでも高い波が自分たちを襲ってきて……

 波に攫われると思った時には、美織の身体は何者かにきつく抱きしめられていた。
 気づいた時には、水の中に引きずりこまれていた。
 身体に纏わりついてくる水はあまりにも重くて、少女時代の美織の身体を水底に引きずり込んできた。
 だけど、そんな彼女のことを蒼汰が抱きしめて、引き上げてくれる。
 なんとか海面に顔を出した時の、解放感と安堵感はすさまじかった。
 波の動きは激しいけれど、さすがインターハイ出場経験のある男性だ。見事、荒れ狂う海の中から、防波堤のある階段まで、美織のことを助け出してくれた。

『ほら、先に登れ……』
 
 ずぶ濡れになりながら、先に私の身体を押し上げてくれた。

『ありがとう、蒼汰お兄さん』

『ああ、お前、どこかで見たと思ったら……』

 美織のことを助けてくれた救世主。
 人魚姫を助けてくれた王子様みたいだった。
 救急隊の人が助けに来てくれて、蒼汰よりも先に美織は防波堤の上へと登る。
 感謝を告げようと振り向く。
 だけど……その一瞬の隙が命取りだったといわんばかりに、大きな波がまるで蠢く怪物のように口を拡げて、彼の身体を飲み込んでいく。

『あ……!』

 手を差し出したが、目の前で波にさらわれて、蒼汰の姿はいなくなってしまった。
 波が引いた時にも、彼はどこにも見当たらない。
 小学生の美織には衝撃が強すぎたのか、その場で意識を失った。


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