96 / 122
第5章 荒れ狂う海、消えゆく君を追いかける
26-5
しおりを挟む
夏祭りで出会って以来、ほのかが『お兄ちゃんの試合を観に行く』って話した時にはいつでもついていった。
まるで魚みたいにスイスイ水の中で自由に動く彼の姿が、あまりにも綺麗でいつも魅入っていた。
『すごいな』
泳げない自分の代わりに泳いでくれてるみたいで、なんだか見ているだけで幸せだった。
『みお、本当に、私のお兄ちゃんのことが好きだね。今度喋りに家に来なよ』
『え? 好き? ち、違うよ! 泳ぐの上手だなあって思って、いつも観に来てるだけ!』
『それを好きって言うんだよ。ほら、今日こそお兄ちゃんのとこに一緒に行って話かけなよ』
『ええっ……! 遠くで見てるだけで良いんだよ!』
ほのかが気を利かせてくれたけど、意気地がなくて……
蒼汰が現れる前に、美織はいつも脱兎のごとく逃げ出していたのだ。
蒼汰と美織は時々すれ違うことはあった。けれど、彼はいつでも水泳に一生懸命で、妹の友人である美織のことなんて、もちろん眼中になかった。
『そもそも中学生だったんだし、小学生の私に興味を持つわけないしね』
今となっては良い思い出だ。思い出すだけで、なんだか胸がぽかぽかなってくる。
それからもずっと彼の動向を逐一ほのかに聞いていた。
蒼汰は中学時代、個人自由競技で県内トップの成績を獲った。
トロフィーを抱える彼の姿が、地元の新聞社のスポーツ欄を飾ったのが、なんだか誇らしかった。
『えへへ』
その時の新聞は後生大事にとってある。
そうして、私が小学生の高学年になる頃には、彼は高校生になっていた。
てっきり他県に出ていくのかなって思っていたら、地元の高校に入って水泳を続けるらしい。
ほのかに聞いたら、『本土だと雑念に囚われそうだからな。大学でどうせ他県に出ないといけないんだし、今はこのまま島で頑張りたい』って話していたそうなんだけど、ストイックだなって尊敬した。
そんなある時、事件が起きた。
『え……? そんな……』
たまたま蒼汰が事故に遭ったのだ。しかも、結構な事故だったようで、腕の腱を損傷してしまったらしい。
これまでのように泳ぐことは不可能だろうと医師からは宣告されたそうなのだ。
『お兄ちゃん、水泳できなくなるとか、可哀そう』
ほのかが入院中の美織にそんなことを話してくれた。
つい先日まで楽しそうに泳いでいたのに、そんな不幸な目に遭ってしまうなんて……
『あ……』
なんだか美織まで悔しくなって、悲しくて、どれだけ苦しいだろうって涙が止まらなくなってしまった。
本当は彼の近くに行きたかった。彼のことを励ましたかった。
けれど、自分は彼にとって妹の友人でしかない。
彼と一緒に苦しんでやることもできない立場なのだ。
『どうか、怪我が治らなくても、あの人がまた自由を取り戻してくれますように……』
星に向かって祈りを捧げる日々が続いた。
そうこうしていると、ほのかから蒼汰が家から出なくなったと話を聞いた。
『いつかまた、元気になってくれるのかな?』
もちろん泳ぐ彼のことは好きだった。
だけど、泳げなくたって良い。
あの初めて出会った夏祭りの頃のように、またぶっきらぼうで明るくて優しい彼の元気な姿を見たかったのだ。
『どうかお願いします、彼をどうか自由にしてください、お願いします』
流星群を見ながら、勢いよく願い事を口にしていた。
近くて遠い距離から、ずっとずっと彼の幸せを願っていたのだ。
まるで魚みたいにスイスイ水の中で自由に動く彼の姿が、あまりにも綺麗でいつも魅入っていた。
『すごいな』
泳げない自分の代わりに泳いでくれてるみたいで、なんだか見ているだけで幸せだった。
『みお、本当に、私のお兄ちゃんのことが好きだね。今度喋りに家に来なよ』
『え? 好き? ち、違うよ! 泳ぐの上手だなあって思って、いつも観に来てるだけ!』
『それを好きって言うんだよ。ほら、今日こそお兄ちゃんのとこに一緒に行って話かけなよ』
『ええっ……! 遠くで見てるだけで良いんだよ!』
ほのかが気を利かせてくれたけど、意気地がなくて……
蒼汰が現れる前に、美織はいつも脱兎のごとく逃げ出していたのだ。
蒼汰と美織は時々すれ違うことはあった。けれど、彼はいつでも水泳に一生懸命で、妹の友人である美織のことなんて、もちろん眼中になかった。
『そもそも中学生だったんだし、小学生の私に興味を持つわけないしね』
今となっては良い思い出だ。思い出すだけで、なんだか胸がぽかぽかなってくる。
それからもずっと彼の動向を逐一ほのかに聞いていた。
蒼汰は中学時代、個人自由競技で県内トップの成績を獲った。
トロフィーを抱える彼の姿が、地元の新聞社のスポーツ欄を飾ったのが、なんだか誇らしかった。
『えへへ』
その時の新聞は後生大事にとってある。
そうして、私が小学生の高学年になる頃には、彼は高校生になっていた。
てっきり他県に出ていくのかなって思っていたら、地元の高校に入って水泳を続けるらしい。
ほのかに聞いたら、『本土だと雑念に囚われそうだからな。大学でどうせ他県に出ないといけないんだし、今はこのまま島で頑張りたい』って話していたそうなんだけど、ストイックだなって尊敬した。
そんなある時、事件が起きた。
『え……? そんな……』
たまたま蒼汰が事故に遭ったのだ。しかも、結構な事故だったようで、腕の腱を損傷してしまったらしい。
これまでのように泳ぐことは不可能だろうと医師からは宣告されたそうなのだ。
『お兄ちゃん、水泳できなくなるとか、可哀そう』
ほのかが入院中の美織にそんなことを話してくれた。
つい先日まで楽しそうに泳いでいたのに、そんな不幸な目に遭ってしまうなんて……
『あ……』
なんだか美織まで悔しくなって、悲しくて、どれだけ苦しいだろうって涙が止まらなくなってしまった。
本当は彼の近くに行きたかった。彼のことを励ましたかった。
けれど、自分は彼にとって妹の友人でしかない。
彼と一緒に苦しんでやることもできない立場なのだ。
『どうか、怪我が治らなくても、あの人がまた自由を取り戻してくれますように……』
星に向かって祈りを捧げる日々が続いた。
そうこうしていると、ほのかから蒼汰が家から出なくなったと話を聞いた。
『いつかまた、元気になってくれるのかな?』
もちろん泳ぐ彼のことは好きだった。
だけど、泳げなくたって良い。
あの初めて出会った夏祭りの頃のように、またぶっきらぼうで明るくて優しい彼の元気な姿を見たかったのだ。
『どうかお願いします、彼をどうか自由にしてください、お願いします』
流星群を見ながら、勢いよく願い事を口にしていた。
近くて遠い距離から、ずっとずっと彼の幸せを願っていたのだ。
21
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
汐留一家は私以外腐ってる!
折原さゆみ
青春
私、汐留喜咲(しおどめきさき)はいたって普通の高校生である。
それなのに、どうして家族はこうもおかしいのだろうか。
腐女子の母、母の影響で腐男子に目覚めた父、百合ものに目覚めた妹。
今時、LGBTが広まる中で、偏見などはしたくはないが、それでもそれ抜きに、私の家族はおかしいのだ。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
隣の席の関さんが許嫁だった件
桜井正宗
青春
有馬 純(ありま じゅん)は退屈な毎日を送っていた。変わらない日々、彼女も出来なければ友達もいなかった。
高校二年に上がると隣の席が関 咲良(せき さくら)という女子になった。噂の美少女で有名だった。アイドルのような存在であり、男子の憧れ。
そんな女子と純は、許嫁だった……!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
脅され彼女~可愛い女子の弱みを握ったので脅して彼女にしてみたが、健気すぎて幸せにしたいと思った~
みずがめ
青春
陰キャ男子が後輩の女子の弱みを握ってしまった。彼女いない歴=年齢の彼は後輩少女に彼女になってくれとお願いする。脅迫から生まれた恋人関係ではあったが、彼女はとても健気な女の子だった。
ゲス男子×健気女子のコンプレックスにまみれた、もしかしたら純愛になるかもしれないお話。
※この作品は別サイトにも掲載しています。
※表紙イラストは、あっきコタロウさんに描いていただきました。
【なろう400万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ
海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。
衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。
絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。
ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。
大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。
はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?
小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間1位、月間2位、四半期/年間3位の実績あり。
カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる