91 / 122
第5章 荒れ狂う海、消えゆく君を追いかける
25-4
しおりを挟む
名札には新人看護師のマークがついている。自分たちとそこまで年が離れていない女性で、茶髪の髪を頭の上で纏めている。髪色は変わっているが、彼女の姿になんとなく見覚えがあった。
(ああ、同じクラスの溝口か、看護師になったんだな)
働きはじめているかつての同級生の姿を見て、否応なく時の流れを感じてしまう。
自分だけが時の流れに取り残されてしまっているのだと。
「検査前の前投薬に来ました! って、あれ? あれれ? 夜海さん、どこにいるの……!?」
溝口看護師は相変わらずそそっかしいようだ。
大慌てしている彼女に対して、学が冷静沈着に返事をする。
「僕が来た時にはもう姿はいなかったんです」
「ええっ、ちゃんと十六時半には部屋に戻りますって約束してくれてたのに!」
時計に視線を移せば、きっかり十六時半だ。
溝口看護師が部屋の中をしばらくうろうろして美織の姿を探していた。
「はっ、まさか! ベッドから落ちてないよね!?」
ベッドの下まで覗き始めた。
(美織は細いが、さすがにそんなに小さくねえよ。変わったやつだと思ってたが、全然変わってないのな)
蒼汰は、内心ツッコミを入れてしまった。
「今から術前準備しないと間に合わないよう。早く戻って来てえっ!」
溝口看護師の言葉を聞いて、蒼汰はハッとなる。
「手術、もうすぐなのか」
美織は再入院すると話していたが、ちゃんと手術を受けることにはなっているようだ。
「看護師さん、僕、外を探してきます」
学が病室を飛び出していく。
「ええんっ、もう十分ぐらい経つのにいないよう、ああ、先輩に連絡しなきゃ!」
溝口看護師がナース服のポケットに仕舞っていたPHSを取り出すと、慌てて電話連絡をはじめた。
フロアがにわかに騒ぎになりはじめる。
「無断離院とかそんなことする子には見えないんだけどな。あ、師長さん!」
ちょうど病室に恰幅の良い女性が現れた。名札に「看護師長」と記載されている。どうやらこの病棟の管理責任者のようだ。
「溝口さん、状況を説明してくれる?」
「ええっとですね」
そうして、話を聞き終えた看護師長が顎に手を当てると唸りはじめる。
「まだ私が副看護師長時代にね、小学生だった夜海さんが実は無断離院したことがあるのよ」
溝口看護師が驚きの表情を浮かべた。
「ええっ、そうなんですか!?」
看護師長が眉根を寄せる。
「隣の……いいえ、なんでもないわ」
「え? もしかして、彼の?」
看護師同士でしか分からない話をはじめた。
誰にも認識されていない蒼汰は病室の窓へと向かう。
ざわざわと嫌な予感が襲ってくる。
(美織……!)
ちょうど看護師長も窓の外を眺めながらぼやく。
「しかも、彼女が抜け出したのは、ちょうど今日みたいな日だったのよ。台風が来ていたの。なんだか嫌な予感がするわね」
「師長さんの勘、経験に基づいているからか、当たりますしね」
「主治医に連絡を。あなたは先輩たちにもこのことを伝えておいて。単に散歩をしているかもしれない。私は館内放送を依頼したら、正面玄関の守衛さんに夜海さんが外に出ていないかを尋ねてみるわね」
看護師長がテキパキと指示を出し始めると、溝口看護師はパタパタと駆け足で病室から去って行った。
(美織……!)
蒼汰は窓の外を見下ろした。
ちょうど自分たちが溺れた海岸――毎日顔を合わせていた砂浜と荒れ狂う海が見える。
もうしばらくすれば満潮を迎える。
台風が接近している時の満潮の海は危険だ。
しかも、これから先暗くなる一方だ。
蒼汰が歯を食いしばりばがら外の風景を見下ろしていると、自身が死んだはずの日のことが脳裏に閃く。
「そうか、あいつは俺に……!」
そうして、蒼汰は踵を返すと、勢いよく病室を飛び出したのだった。
(ああ、同じクラスの溝口か、看護師になったんだな)
働きはじめているかつての同級生の姿を見て、否応なく時の流れを感じてしまう。
自分だけが時の流れに取り残されてしまっているのだと。
「検査前の前投薬に来ました! って、あれ? あれれ? 夜海さん、どこにいるの……!?」
溝口看護師は相変わらずそそっかしいようだ。
大慌てしている彼女に対して、学が冷静沈着に返事をする。
「僕が来た時にはもう姿はいなかったんです」
「ええっ、ちゃんと十六時半には部屋に戻りますって約束してくれてたのに!」
時計に視線を移せば、きっかり十六時半だ。
溝口看護師が部屋の中をしばらくうろうろして美織の姿を探していた。
「はっ、まさか! ベッドから落ちてないよね!?」
ベッドの下まで覗き始めた。
(美織は細いが、さすがにそんなに小さくねえよ。変わったやつだと思ってたが、全然変わってないのな)
蒼汰は、内心ツッコミを入れてしまった。
「今から術前準備しないと間に合わないよう。早く戻って来てえっ!」
溝口看護師の言葉を聞いて、蒼汰はハッとなる。
「手術、もうすぐなのか」
美織は再入院すると話していたが、ちゃんと手術を受けることにはなっているようだ。
「看護師さん、僕、外を探してきます」
学が病室を飛び出していく。
「ええんっ、もう十分ぐらい経つのにいないよう、ああ、先輩に連絡しなきゃ!」
溝口看護師がナース服のポケットに仕舞っていたPHSを取り出すと、慌てて電話連絡をはじめた。
フロアがにわかに騒ぎになりはじめる。
「無断離院とかそんなことする子には見えないんだけどな。あ、師長さん!」
ちょうど病室に恰幅の良い女性が現れた。名札に「看護師長」と記載されている。どうやらこの病棟の管理責任者のようだ。
「溝口さん、状況を説明してくれる?」
「ええっとですね」
そうして、話を聞き終えた看護師長が顎に手を当てると唸りはじめる。
「まだ私が副看護師長時代にね、小学生だった夜海さんが実は無断離院したことがあるのよ」
溝口看護師が驚きの表情を浮かべた。
「ええっ、そうなんですか!?」
看護師長が眉根を寄せる。
「隣の……いいえ、なんでもないわ」
「え? もしかして、彼の?」
看護師同士でしか分からない話をはじめた。
誰にも認識されていない蒼汰は病室の窓へと向かう。
ざわざわと嫌な予感が襲ってくる。
(美織……!)
ちょうど看護師長も窓の外を眺めながらぼやく。
「しかも、彼女が抜け出したのは、ちょうど今日みたいな日だったのよ。台風が来ていたの。なんだか嫌な予感がするわね」
「師長さんの勘、経験に基づいているからか、当たりますしね」
「主治医に連絡を。あなたは先輩たちにもこのことを伝えておいて。単に散歩をしているかもしれない。私は館内放送を依頼したら、正面玄関の守衛さんに夜海さんが外に出ていないかを尋ねてみるわね」
看護師長がテキパキと指示を出し始めると、溝口看護師はパタパタと駆け足で病室から去って行った。
(美織……!)
蒼汰は窓の外を見下ろした。
ちょうど自分たちが溺れた海岸――毎日顔を合わせていた砂浜と荒れ狂う海が見える。
もうしばらくすれば満潮を迎える。
台風が接近している時の満潮の海は危険だ。
しかも、これから先暗くなる一方だ。
蒼汰が歯を食いしばりばがら外の風景を見下ろしていると、自身が死んだはずの日のことが脳裏に閃く。
「そうか、あいつは俺に……!」
そうして、蒼汰は踵を返すと、勢いよく病室を飛び出したのだった。
21
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる