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第5章 荒れ狂う海、消えゆく君を追いかける

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 名札には新人看護師のマークがついている。自分たちとそこまで年が離れていない女性で、茶髪の髪を頭の上で纏めている。髪色は変わっているが、彼女の姿になんとなく見覚えがあった。

(ああ、同じクラスの溝口か、看護師になったんだな)

 働きはじめているかつての同級生の姿を見て、否応なく時の流れを感じてしまう。
 自分だけが時の流れに取り残されてしまっているのだと。

「検査前の前投薬に来ました! って、あれ? あれれ? 夜海さん、どこにいるの……!?」

 溝口看護師は相変わらずそそっかしいようだ。
 大慌てしている彼女に対して、学が冷静沈着に返事をする。

「僕が来た時にはもう姿はいなかったんです」

「ええっ、ちゃんと十六時半には部屋に戻りますって約束してくれてたのに!」

 時計に視線を移せば、きっかり十六時半だ。
 溝口看護師が部屋の中をしばらくうろうろして美織の姿を探していた。

「はっ、まさか! ベッドから落ちてないよね!?」

 ベッドの下まで覗き始めた。

(美織は細いが、さすがにそんなに小さくねえよ。変わったやつだと思ってたが、全然変わってないのな)

 蒼汰は、内心ツッコミを入れてしまった。

「今から術前準備しないと間に合わないよう。早く戻って来てえっ!」

 溝口看護師の言葉を聞いて、蒼汰はハッとなる。

「手術、もうすぐなのか」

 美織は再入院すると話していたが、ちゃんと手術を受けることにはなっているようだ。

「看護師さん、僕、外を探してきます」

 学が病室を飛び出していく。

「ええんっ、もう十分ぐらい経つのにいないよう、ああ、先輩に連絡しなきゃ!」

 溝口看護師がナース服のポケットに仕舞っていたPHSを取り出すと、慌てて電話連絡をはじめた。
 フロアがにわかに騒ぎになりはじめる。

「無断離院とかそんなことする子には見えないんだけどな。あ、師長さん!」

 ちょうど病室に恰幅の良い女性が現れた。名札に「看護師長」と記載されている。どうやらこの病棟の管理責任者のようだ。

「溝口さん、状況を説明してくれる?」

「ええっとですね」

 そうして、話を聞き終えた看護師長が顎に手を当てると唸りはじめる。

「まだ私が副看護師長時代にね、小学生だった夜海さんが実は無断離院したことがあるのよ」

 溝口看護師が驚きの表情を浮かべた。

「ええっ、そうなんですか!?」

 看護師長が眉根を寄せる。

「隣の……いいえ、なんでもないわ」

「え? もしかして、彼の?」

 看護師同士でしか分からない話をはじめた。
 誰にも認識されていない蒼汰は病室の窓へと向かう。
 ざわざわと嫌な予感が襲ってくる。

(美織……!)

 ちょうど看護師長も窓の外を眺めながらぼやく。

「しかも、彼女が抜け出したのは、ちょうど今日みたいな日だったのよ。台風が来ていたの。なんだか嫌な予感がするわね」

「師長さんの勘、経験に基づいているからか、当たりますしね」

「主治医に連絡を。あなたは先輩たちにもこのことを伝えておいて。単に散歩をしているかもしれない。私は館内放送を依頼したら、正面玄関の守衛さんに夜海さんが外に出ていないかを尋ねてみるわね」

 看護師長がテキパキと指示を出し始めると、溝口看護師はパタパタと駆け足で病室から去って行った。

(美織……!)

 蒼汰は窓の外を見下ろした。
 ちょうど自分たちが溺れた海岸――毎日顔を合わせていた砂浜と荒れ狂う海が見える。
 もうしばらくすれば満潮を迎える。
 台風が接近している時の満潮の海は危険だ。
 しかも、これから先暗くなる一方だ。
 蒼汰が歯を食いしばりばがら外の風景を見下ろしていると、自身が死んだはずの日のことが脳裏に閃く。

「そうか、あいつは俺に……!」

 そうして、蒼汰は踵を返すと、勢いよく病室を飛び出したのだった。



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