上 下
84 / 122
第5章 荒れ狂う海、消えゆく君を追いかける

23-3

しおりを挟む

 おそらく自身が死んだ時の記憶があるからか、はたまた子どもの頃から「嵐の時の海には近づくな」と教え育てられた影響なのか、曇天の中で荒れた波に近づきたいと思えなかった。
 とにかく今は美織の治癒を祈るのみだ。

「さて、ひとまず今晩の台風を凌いで……明日にでも海に行くとするか」

 そうして、蒼汰がソファから上半身を起こした、その時。
 玄関がガチャリと開いた。
 台風が迫っているからか、やや生温かくて強い風がリビングにまで吹いてくる。

「ただいま」

 ほのかが誰もいないはずの家に向かって帰宅を知らせてきた。

(ほのか……)

 あんなに兄の後ろに隠れてばかりの甘えん坊な印象のあった妹だったが、かなり気が強い雰囲気の女子高校生に成長していた。

(俺が死んだ後に……色々と一人で頑張ったんだろうな)

 蒼汰は申し訳なく感じてしまう。
 もしかすると、蒼汰の未練には妹ほのかに対する何かが関係しているのだろうか?

(そりゃあ、妹一人にしたのは申し訳なかったが、今の俺だから思うことであって、五年前の俺にはほのかに対して
未練を抱くような何かはなかったはずだよな)

 蒼汰が考え事をしていると、玄関先でほのかが「うげっ」と声を上げたのが聴こえてきた。

「わ、もしかしてまたリビングのテレビの電気が勝手についてる?」

 テレビの音量がわりと大きかったからか、リビングから玄関先に音が漏れ聞こえていたようだ。

(まずいな、死んだはずの兄貴の俺がテレビ観てるとか思わないだろうしな)

 父は当直で不在のことも多い。
 まだ女子高校生のほのかが家の中で一人で過ごす場面もあるだろう。
 不法侵入者がいると思って怯えでもしたら可哀そうだ。

(迂闊だったな)

 蒼汰は内心後悔していた。
 ほのかがリビングに聞こえるぐらいの大きなため息を吐いた。

「最近多いんだよ。あ、そうだ、良かったらこっちに見に来てよ」

 どうやら、ほのか以外に誰かが一緒にいるようだ。
 彼が何者かに対して声をかけた。
 もしかして台風が近いから父の診療が早く終わったのだろうか?

「電化製品だから誤作動も多いんじゃないか、ほのか?」

 ほのか以外の人物の声を聴いて、蒼汰はハッとする。

(この声は……)

 男性の声。
 兄として何となくざわついてしまった。
 しかも声の主は蒼汰にとっても親しみのある声で……
 そうして、ほのかが何者かに向かって返事をした。

「そうじゃない気もするんだよね、なんだろう、女の勘だけどさ……って、ああ、ほら、上がってよ、恭ちゃん。風で傘が壊れちゃうよ」

 聴こえてきたのは、蒼汰の親友・山下恭平の声だったのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...