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第4章 夏の終わり、消えゆく君が別れを告げる
19-2 (蒼汰の記憶2)
しおりを挟む蒼汰は高波に襲われる少女を庇った。
押し寄せる波はいつものように優しくはなく、激しく荒ぶっていた。ものすごい水圧が、少女を抱きしめる彼のことを翻弄し続けていた。
蒼汰は波にさらわれながら水中で目を開ける。
少女の顔を見ると見覚えがあった。
(こいつは……)
サラサラで背中まで長い黒髪に、ぱっちり大きな真ん丸の瞳、透明感のある美少女。
妹・ほのかの友人で、普段は眼鏡をかけて大人しい印象がある子だ。
まだ蒼汰も小学六年だったか中学一年ぐらいの頃の夏祭りの日に会った記憶がある。
夏祭りでほのかが迷子になっていた時に出会った少女だ。
その後も大会の後に、一度声をかけてきてくれたことがあった。
『お兄さん、どうして、そんなにスイスイ泳げるんですか!? まるでお魚さんみたい! とってもカッコいい!』
蒼汰は荒波に呑まれながら、少女の言葉を思い出していた。
海の中、水泳をしていた頃とは違って、衣服が水を吸い込んで全身が重くて仕方がない。
荒れ狂う海が容赦なく自分たちを水底に沈めてこようと、行く手を阻んできた。
まるで映画のコマ送りかのように場面は進む。
蒼汰は肩を怪我していたことなど忘れて、少女をどうにかして助けるために無我夢中だった。
もがき続けた後に海面からどうにか顔を出すと、何度も海に押し戻そうとする波の合間を進んだ。
(あと少しだ……)
なんとか砂地に足をつき、蒼汰と少女は海から引き上げた。
少女を横抱きにしたまま海岸に向かって、そっと濡れた砂浜の上に横たえる。
少女の血の気の引いたぺちぺちと頬を叩く。
『おい、起きろ、起きろって……!』
すると、少女はパチパチと目を見開いた。頬と唇にほんのりと血色が戻ってくる。
『あ、お兄ちゃん……人魚姫の王子様』
蒼汰は少女のことを不思議な発言をする少女だと認識した。
『は? 助けただけだよ。ああ、良かったな、ちょうど迎えが来た』
少女の母親と思しき綺麗な女性が岸に立って涙を流していた。
消防団員と思しき人物が、蒼汰と一緒に波にさらわれていた少女を保護しに近づいた。
もう海に入ることはないと思っていたのに……
また海に入ることが出来ただけでなく、少女を救うことができたのだ。
『俺は……』
蒼汰の視界が滲む。拳をぎゅっと握りしめた。
言いようのない気持ちが胸を支配する。
けれども今は感慨に耽っている場合ではない。
蒼汰は少女達の背を負って海岸線へと急ごうとして、前方を見やる。
少女が泣きながら笑顔を浮かべていた。
その表情はまるで穏やかな月の女神のようだ。
(俺が救うことが出来たんだ)
蒼汰の胸に希望の光が差す。
だがしかし、少女の表情が一瞬で絶望に歪む。
『危ない!!』
蒼汰の頭上に影が差す。
遠くで少女の悲鳴が聴こえたのが最後だった。
そのまま蒼汰は荒ぶる波に飲まれてしまったのだった。
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