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第4章 夏の終わり、消えゆく君が別れを告げる
19-1 どこにもいないはずの自分
しおりを挟む夜の浜辺で、美織を庇うように立った蒼汰は、突如現れた学と対峙していた。
だが、学にはどうやら蒼汰が見えていないらしい。
普段は心を癒してくれるはずの潮騒の音が、今は逆に耳障りにさえ聞こえた。
「美織、君は疲れてるんだよ。僕と一緒に病院に帰ろう。入院日も近いんだ。それに今みたいな調子だったら、おばさんが仕事でいない自宅には一人では置いておけないよ。さあ、帰ろう」
「嫌よ」
美織は即座に否定した。
だが、学はゆっくりと首を横に振る。
「いいや、ダメだ。帰ろう」
蒼汰を無視して、学は美織に帰宅を進めていた。
完全に自分の存在など、ここにはいないことにされてしまっている。
(だけど、俺はちゃんとここに生きているはずだ)
蒼汰が揺らぎそうになっていると、美織が声を張り上げた。
「違う、ちゃんとこの人はここにいるわ!! 学くんに視えてないだけなのよ! 自分に視えないからって、否定しないで!」
蒼汰は自身の身体が震えていることに気付いてしまう。
(そう、美織のいうとおり、俺はここにいて……)
ふと、蒼汰は自分の身体を見てみた。
気づいてはいけないことに気付いてしまう。
「あ……」
全身からどっと汗が噴き出してきた。
なぜならば……
掌の向こう、砂浜が透けてみえたのだ。
一瞬だけ自分の身体が陽炎のように揺らめく。
ドクンドクンドクン。
心臓の嫌な音が鳴り響く。
吐きそうだが、言われてみれば、もうずっと何も食べていない。吐けるものが何もない事実に気づいて愕然とした。
(俺は、いったい、なんだ、どうして? どうして……!?)
気づいてしまったら、全てが砂浜に建てた城のように、些細なことがきっかけで砕けてしまうような、そんな錯覚に陥った。
「さあ、美織」
学が蒼汰をすり抜けると、美織の手を取った。
蒼汰に衝撃が走る。
背後で学が美織の説得を続けていた。
「とにかく君は大きな手術の前で錯乱しているんだよ、帰るよ」
「離して、学くん! もう会えないかもしれないの! 離してったら!! このままだと、この人がっ!!」
美織が悲痛な叫びを上げる。
この人……蒼汰がこのままだと一体全体どうなると言うのだろうか?
「美織、いいから行くよ」
学が美織の手首を掴むと無理やり連れて歩きはじめる。
「待てっ、お前、美織……!」
そうして、蒼汰が美織に向かって手を伸ばした瞬間、記憶の暴流が起こった。
(これは……)
先ほど思い出した記憶の続きだ。
蒼汰の頭の中に記憶が途切れ途切れに浮かんでは消えていく。
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