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第3章 夏祭りの夜、輝く君とキスをする

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「後で見てろよ……」

「ふふふ、楽しみにしてるね」

 そうして、瞼を瞑った彼女がまるで夢心地のような口調で告げる。

「また来年も、君と一緒に見れたら嬉しいのにな」

 満面の笑みでそう言われると、心臓がドクンと高鳴った。

「…………」

 また一緒に見たいと言われて嬉しさが込み上げてくる。
 その反面、脳裏に美織の疾患と予後が過った。

 ――来年。

『そうだな』

 本当はそんな風に簡単に口にしたい言葉だった。
 けれど、彼女に来年が来てくれるかどうかは分からない。
 軽々しく相槌を打つことも何か返答をすることも出来なかった。
 蒼汰は、なんだか切なくて胸が苦しくなってくる。

(俺に力があればな……)

 親父なら美織を救うことができるのだろうか?
 いいや、親父の専門は呼吸器内科だ。美織の疾患のことは知っているだろうが専門ではない。

(こんな時も親頼みだなんてダサいな)

 テレビドラマみたいに、外科の名医が現れて助けてくれることなんてあり得ない。
 突然奇跡が起きて、病巣が消えてしまっただなんて――そんなおとぎ話があるはずがないのだから。
 もしも蒼汰がもう大人で医学部を卒業して研修医期間を経て、専門科に入局して一人前の医師として働くことができていたならば、もしかすると彼女の命を救う方法を得ることが出来ていたのだろうか?
 遠くで喧騒が聴こえる中、そろそろ花火が打ちあがる時刻なのだろう。

「美織、俺は……」

 何も告げないわけにはいかない。蒼汰が声を振り絞って何かを告げようとした時――
 隣に座る美織の表情が目に入った。
 何かを慈しむように眺めている。
 視線の先には、夜空に煌めく一番星がキラキラと輝いていた。
 蒼汰の胸が打ち震える。

(星を観てたんだな)

 星を愛する美織のことが愛おしくて仕方がなかった。

「美織」

「え?」

 彼は思わず彼女の名を呼んで、ぎゅっと自身の腕の中に閉じ込める。
 ちょうど彼の胸板のところに、彼女の小さな頭が触れた。
 美織の身体はとにかく華奢だ。蒼汰が抱きしめると、そのまま崩れて壊れてしまいそうだった。

「君、どうしたの、急に?」

 突然抱きしめられた美織が、少しだけ慌てたように言葉を発した。
 蒼汰は何も答えない。
 ただ強く強く彼女のことを抱きしめた。
 蒼汰は喋るのが苦手だ。

 だけど……

『叶うならば、来年もお前と一緒にこの星空を、花火を眺めたい』

 彼女に対しての溢れ出す、言葉に出来ない気持ちを、身体全体で伝えたかったのだ。
 ちょうどその時、遠くからドンと鈍い音が鳴り響き、空の上で花火が輝き始める。
 蒼汰は美織を抱きしめたまま、夜空に輝く花々を眺めた。
 最初は一つの花から始まったが、次第に色とりどりの大輪の花々が夜空に咲いては散っていく。

「来年も観に来たいな、君と一緒に」

 美織の瞳に涙が潤むと、頬を伝って流れはじめた。
 そっと指先で彼女の涙を拭う。
 彼女の身体から離れると、愛らしくて丸い頬を硬い両手で包みこんだ。
 柔らかな頬にそっと口づけた後、星と花火の光を宿す美しい瞳を見つめ直す。
 そうして、蒼汰は美織の半開きの桜色の唇にそっと口づけを落とした。
 全ての花火が打ちあがって、夜空に消えていくまで、二人は口づけを交わし合ったのだった。
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