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第2章 月の引力で君と惹かれ合う

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 今日も勿論彼女の天文学部の活動とやらに付き合う予定だ。

「ああ、もうこんな時間か」

 連日睡眠時間が短かったこともあってか、今日の夜はさすがにぐっすり眠ることができた。というよりも、寝すぎたかもしれない。
 ベッドの上、枕の下に置いていたスマホを手に取って時間を見れば、もう昼近かった。
 蒼汰が布団の中から這い出て、部屋の外に向かうと、家族は皆外に出てしまった後だった。

「今日も朝起こしに来なかったな」

 リビングに入って、ソファの近くを抜けて、ほのかの習っている黒いピアノの上に飾られた写真立てに目をやる。
 年を取ることのない美しい母の姿をじっと眺める。
 まだ母親が生きていた頃、子ども園の入学式に制服を着て満面の笑みを浮かべる自分の姿が、なんとなく自分ではないように感じた。
 ほのかが生まれたばかりの頃に撮ったのだろう、家族四人で仲睦まじく映る家族写真を見たが、どことなく気持ちは醒めてしまっていた。

「結局、水泳が出来なくなってからは俺に話しかけてもこないくせに……」

 皆の笑顔がどことなく嘘らしく感じたのだ。
 けれども、父親は蒼汰が最低限の生活ができるようにと支援はしてくれているわけだし、不平不満を言いすぎても良くないかもしれない。
 そんなことは頭の中では分かってはいるものの、やはりどこかにやるせなさのようなものが募った。
 なんだか無性に虚しくなって、結局昼間は自室に戻って鍵をかけてベッドの上で突っ伏して過ごしてしまう。だらだらと過ぎる時間を漫然とテレビの映像や配信中の映画を眺めたりしていると、気づけば一日が簡単に過ぎ去ってしまう。

「今日の昼間も結局、似たようなつまらない日になっちまったな」

 去年の今頃の自分ならば、まだ陽が暮れるまで泳ぎ続けてやると勢い込んでいたはずだ。
 けれども、夕暮れ時の太陽を見ても、早く夜になれば良いのにとしか思えなくなってしまっていた。
 輝いてた頃の自分と比べたって仕方がないことは分かっている。
 けれども、どうしたって比較してしまうのだ。

「だけど、今の俺には……」

 そう、夜になりさえすれば、美織と一緒に天体観測することが出来る。

(今までの無為な生活とはおさらばだ)

 今日は、家族が帰ってくる前にさっさと外に出てしまおう。
 そう思って、夕暮れ時に望遠鏡を担いで外に出て自転車に乗る。
 いつもならば重たく感じていたのに、ペダルを漕ぐのが軽く感じた。
 まだぬるい風を体中に纏いながら前進する。

「あいつと今日もまた会えるんだな」

 夜海美織。
 本当なら同級生だったはずの女子高生。
 どうやら話をしている内にいくらか分かってきたことがある。
 島に越してきたのは数年前、小学生の頃なのだという。
 島に高校は一つしかないが、中学は一応三つある。蒼汰がいつもいく浜辺の近くから別の校区になり、浜辺向こうの地区に住んでいるらしい。だから、中学は違うわけだから、蒼汰は美織のことを知らなかったのだ。

「あんな美少女が転校してきたってなったら、俺の小学校でも噂になりそうなもんだが、ならなかったみたいだな」

 ふと、彼女が話していた単語が気になってきた。

「何の病気なんだろうか」

 おそらく療養のことなどもあるから、大きな話題にもならなかったのだろう。
 彼女が話していたように、学校では皆の知らない幽霊のような存在として扱われているのかもしれない。

 だとしたら……

「あいつのことをちゃんと知ってるのは俺だけ、ってことか」

 最初は儚げに見えた美織だが、日々接している感じでは病気の雰囲気は微塵も感じさせない。血色だってかなり良くって、時折蒼汰に接近してきて、触れた肌からは熱を感じて心地が良い。
 最初は「なんだ、この女は」と思っていたのだが、最近は夜が待ち遠しくて仕方がなかった。
 心なしか、重たかったペダルがどんどん軽くなっているような気がしたけれど、どうしてなのか気づかないふりをしたのだった。


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