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第2章 月の引力で君と惹かれ合う
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しおりを挟む美織が夜という苗字とはまるで反対の――太陽のように、ぱあっと明るい表情を浮かべた。饒舌になった彼女が続ける。
「実は子どもの頃から、憧れの水泳選手がいたんだけどね。その人に君がよく似てたから、最初は本人かもって誤解してたの」
「へえ」
憧れの水泳選手。
今の言い回しだと、どうやら美織の憧れの相手は自分ではなかったようだ。
(この島で自分以外に水泳選手といえば恭平か?)
とはいえ、蒼汰とさえ接点のなかった美織が、蒼汰の親友である恭平のことを知っているのには違和感があった。
(いいや、恭平は俺の事故の後に水泳部の部長になったりしている。同じ高校の中に居るわけだし、俺が知らない間に出逢ってるのかもな)
蒼汰は恭平の幼馴染だ。
憧れの人物である恭平に近づくために、美織は蒼汰に近付いたのだろうか?
(やっぱり俺に興味があって近づいてきたわけじゃなかったのか)
そもそも天文学部の勧誘とやらのために今日も来ると話してたじゃないか。
妙な期待を抱いてはいけないと思いつつも、なんだか漠然と胸の内が靄ついてしまった。
「恭平との架け橋みたいにはなれないぞ、俺は」
蒼汰のボヤキに美織が反応した。
「恭平? 架け橋? なんのこと」
「お前の憧れの水泳選手」
「そんな名前じゃないよ?」
どうやら蒼汰の杞憂に終わったようだ。
心の奥深くで安堵している自分に気づいてしまい、バツが悪くなって、蒼汰はそっぽを向いた。
「別に」
美織が眉を八の字に下げた。まるで困った小型犬のような表情だ。
「ごめんね、憧れの人に似てたからとか、そういうのも嫌だよね」
どうやら美織は自分の発言のせいで、蒼汰が機嫌を損ねたと思ったようだ。
「いいや、別に良いさ、暗かったし遠目で見たら似てることなんてあるだろうしな」
すると、機嫌を良くした美織が膝を抱えたまま身体を前後に揺り動かしはじめた。どうやら機嫌を良くしたようだ。
(なんか美少女だが、病弱なせいもあってか、幼いとこが目立つな)
蒼汰が、そんなことを思っていたら――
「きゃんっ!」
前後運動の反動で、美織が背中からひっくり返ろうとしている。背後は砂だから怪我はしないはずだが、蒼汰の身体が反射で動いていた。
「危ない!」
彼女の背中にそっと腕を回して抱き寄せる。
すると、思いがけず密着する格好となった。少し動けば唇が触れそうなほどに顔も近い。
蒼汰の鼓動が高鳴っていく。平静を保とうとする彼とは対照的に、美織は驚愕の表情を浮かべていた。
「やっぱり昨日までのは夢じゃなくて、君は私に触れることができるの!?」
「ああ? 何がおかしいんだよ? なんだ? やっぱりお前は幽霊なのかよ」
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