22 / 122
第2章 月の引力で君と惹かれ合う
6-3
しおりを挟むそんなにたくさん走ったわけではないけれど肩で息をしている美織が、ふんわりと微笑みかけてきた。
「ふふ、楽しみにしてくれたのなら嬉しいな」
彼女が少しだけ揶揄うような口調で話しかけて来るものだから、蒼汰はなんだか癪で、その場で腕を解いて返事をしてやりたくなかった。拗ねているだけだと自分でも分かってはいるけれども。
「ちゃんと約束通り、今日も来たよ」
美織が猫のようなしなやかな動きで、さっと寝転がる蒼汰の隣に膝を抱えて座ってくると、膝の上に頭をちょこんと載せて悪戯っぽい表情で覗き込んでくる。
蒼汰はそれでも負けじと腕を解かずに過ごしていたが、ひしひしと相手の視線を感じてしまい、根負けした。
蒼汰は腕を動かして瞳をチラリと覗かせると美織相手にぼやいた。
「ちゃんと天文学部の活動をしにきたのかよ? それともまた俺の天体観測の邪魔をしに来たんじゃねえだろうな?」
「邪魔ってなによ、失礼なんだから! 寂しがり屋の君に会いに来てあげたのに!」
「別に寂しがってるわけじゃねえよ!」
「だって、君、全然昔と変わってないのに、変わってるんだもん! なんだか儚げっていうかさ」
全然昔と変わっていない?
彼女の口から発せられた言葉に、ドキリと大きく心臓が跳ね上がった。
(まさか美織は俺のことを知っているのか?)
そもそも蒼汰は島の中で期待のアスリートだったわけだから、知られていたとしてもおかしくはないのだが……
「なんだよ、お前、まるで俺のことを知っている風な口を聴いてくるなよ」
先ほどまでは機嫌が良かったのに、思いがけず獣の唸り声のような声音になってしまった。
すると、先ほどまで騒がしかった美織がピタリと静止した。
(まずい、言い方がきつかったかもしれない)
他の男子生徒に比べるとがっちりした体格で水泳で焼けて色も黒かったから、威圧感がある。
そんな風にクラスメイトから言われていた。
だから、なるべく強い口調にならないように気をつけていたというのに。
「悪い、今のは……」
蒼汰が両眼を覆っていた腕をパッと退けると、美織が真剣な眼差しでこちらを見据えてきていたのに気づいてしまった。
彼女の見せる大人びた表情に、蒼汰の心臓がドクンと跳ね上がる。
「ごめんね、自分の知らないところで、自分のことを知られたり、知っているって態度とられたら嫌だよね?」
謝罪してくる彼女の声音は真剣そのもので、蒼汰は圧倒されてしまった。
「いいや、今のは俺も言い方が悪かった」
すると、彼女が続ける。
「失礼を承知で聞きたいんだけど……」
「なんだ?」
そうして、美織が口を開く。
「君は、もう泳がないの?」
21
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説

僕は 彼女の彼氏のはずなんだ
すんのはじめ
青春
昔、つぶれていった父のレストランを復活させるために その娘は
僕等4人の仲好しグループは同じ小学校を出て、中学校も同じで、地域では有名な進学高校を目指していた。中でも、中道美鈴には特別な想いがあったが、中学を卒業する時、彼女の消息が突然消えてしまった。僕は、彼女のことを忘れることが出来なくて、大学3年になって、ようやく探し出せた。それからの彼女は、高校進学を犠牲にしてまでも、昔、つぶされた様な形になった父のレストランを復活させるため、その思いを秘め、色々と奮闘してゆく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
青春
2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる