満天の星の下、消えゆく君と恋をする

おうぎまちこ(あきたこまち)

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第1章 満天の星の下、儚げな君と出会う

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「ああ、海なんて来なきゃ良かったな」

 星は観たかったが、海を見るのは――まだ怖かった。
 水泳選手としてはダメだと言われた夏から、もう一年が経とうとしている。
 どんなに海を避けようとしても限度がある。だって、蒼汰が住んでいるのは島なのだから。どれだけ目を逸らしても視界に入ってくる。外に出るには海と向き合う必要があるのだ。結局海と対面しなければならないというのなら、克服するしかないのではないか。

「そんなこと、分かっちゃあいるさ」

 だけど、心は追いつかない。
 蒼汰は誰もいない浜辺でぼんやりと夜の星を眺め続けることにした。

「なんだかな……」

 家族は蒼汰の心の傷に敢えて触れてくるようなことはしない。今みたいに夜に外出したとしても、蒼汰のことを咎めてさえこないのだ。そうやって距離を取られ続け、ほとんど家族とは顔を会わせていなかった。

「ほのかも宿題のことを聞いてもこないしな」

 小学六年生になる妹ほのかの宿題を、去年まではよく見てやっていたけれど、今年は声をかけてさえ来ない。
 最近の蒼汰は外出しないせいか食も細り、たまにお供え物か何かのように準備された食事を摂取するだけになっていた。
 自分の家なのに居場所がないように思えて、窮屈で仕方がなかった。

「ああ、全部が夢だったら良かったのに」

 昼間とは違い冷えた砂の上はひんやりと気持ち良かった。
 潮騒を聴きながら満天の星空を見ていたら、なんだか色んなことがどうでも良くなってくる。
 まるで贅沢な演奏会の特別な招待客にでもなった気持にでもなったかのようだ。
 星を見ていると、宇宙全体で見れば自分がどれだけちっぽけな人間なのか分かる。
 けれども、それこそが蒼汰に一種の解放感を与えてくれた。

「俺は、何かになりたかったんだろうか?」

 水泳選手として活躍するという夢を手にする、すぐそこまできていたのに。
 何者にもなれない自分が、どうしょうもなく惨めで仕方がなかった。
 蒼汰はギリリと唇を噛み締める。
 けれど、星を観ていたら――何者にもなれずとも生きていけるのだと、星々が慰めてくれているようだ。

(俺は特別な何かになりたかったのだろうか? 水泳の世界で名声を得たかったのか?)

 海の奏でるメロディを耳にすれば、また泳ぎたいと本能が訴えてくる。
 ざわざわと指先に痺れるような感覚が走った。
 肩の怪我の後遺症があるが、全く泳げないわけではない。
 だけど泳いだとしても、かつての自分のようには――海と一体化したようには――泳ぐことができないだけだ。

「俺の人生は、結局なんだったんだろうな」


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