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第5話 姫、鬼に嫉妬する――鬼女・紅葉――
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しおりを挟む行商人が姿を消したため、台盤所の入り口の前では、鬼童丸とあやめの二人きりになる。
「大丈夫だったか、あやめ?」
鬼童丸に両肩を掴まれ、あやめは目を真ん丸に見開く。
「え? ええ……」
戸惑うあやめに対し、鬼童丸が問いかけてきた。
「あいつ……あやめの血に酔っていた節があるな……」
「私の血に酔っていた?」
「前も話さなかったか? 人間の生娘の血は鬼にとって、ものすごく好物だって」
「そういえば確かに……以前そんなお話をされていましたね……知り合いの鬼の方ですか?」
「今、茨木達に追わせている。それにしちゃあ、えらく酔っていたな……」
鬼童丸が少しだけ考え事をしていた。
「頭領の俺の嫁相手に許嫁宣言か……しばらくあいての様子を見ておかないといけないな……はあ、それにしちゃあ、どいつもこいつも、人の妻やら旦那相手に許嫁許嫁って……なんなんだよ、いったい……」
ふと――鬼女・紅葉の言葉が脳裏をよぎる。
『あなた、騙されているのよ』
鬼達に自分は本当に騙されているのだろうか?
一度沸いた疑念は瞬時には消えてくれない。
「あやめ、昨日の夜の話だが――」
鬼童丸があやめに声をかけてきた。
「鬼童丸さん……」
昨日の今日だし、紅葉のかけてきた言葉のせいで、少しだけ夫の表情を見るのが怖かった。
何か言いたげだったが――こちらから話しかけるのも、なんだか恐ろしい気がしてしまう。
(勇気を出して、ちゃんと話を聞かなきゃいけない……)
だけど、色々なことがごちゃごちゃしてしまっていて、今すぐに話せる気がしなかった。
「まあ、とにかくあやめが無事でよかった」
そう言いながら、鬼童丸があやめに微笑んでくる。
(あ……)
心臓がドキンと跳ねた。
(やっぱり嘘がない気がする……)
ちゃんと相手の真意を確かめないといけない。
あやめは深く息を吸い込んだ。
「鬼童丸さん、貴方にお話があって……!」
「あやめ、お前に話が……!」
二人して声が重なった。
「あ……」
「ああ」
二人して譲り合う。
「鬼童丸さん、どうぞお先に」
「いや、あやめの方こそ先に」
同時にわたわたしていた、その時――。
「ねえ、お腹空いたよ……」
「きゃあっ……!」
「うおっ……!」
少年鬼・八瀬童子が現れたのだ。
「あやめ様、朝ごはん作ってた最中でしょう? ご飯食べましょうよ」
ドキドキする心臓を抑えながら、妻は夫に伝える。
「あ、はい――鬼童丸さん……その……まずは、ご飯にしましょうか?」
「おう、それが助かるな……」
そうして、あやめは台盤所の中へと戻っていったのだった。
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