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第5話 姫、鬼に嫉妬する――鬼女・紅葉――

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「大丈夫にございますか? あやめ様?」

「ええ、大丈夫です。橋さん」

「紅葉様は鬼童丸様の幼馴染であらせられるのですが、昔から気位の高い御方で――あ、あやめ様、どちらに?」

「ちょっとだけ、外の風に当たりたいなと思いまして……」

 そうして、あやめは外に出る。
 冷たい風が頬を嬲る。

(紅葉さんが言っていることは本当の話……?)

 それとも――。

(私は簡単に鬼を信用しすぎていた……?)

 本能のままに生きる彼等は喜怒哀楽も素直に表現してくれる。
 裏で色々言うような人間達よりも、よほど信頼できる存在ではないかと思っていた。

(全部錯覚だったの?)

 猜疑心が胸を塞いでくる。
 だけれども、心配そうにこちらを覗き込んできていた橋の様子を見ていると、騙されているとは到底思いづらかった。

(それに鬼童丸さん……)

 確かに最初に出会った時には怖かったけれど、ずっと一緒に接している内に悪い輩だとは思えなかった。

 言い方は怖い時もあるけれど、基本的には相手に対して優しい。

 あやめのことを食べないと死活問題らしいのだが、決して無理に手を出してこようとはしなかった。
 
 だけど、紅葉の言うように――男慣れしていないので、妻だと言われたり、口づけを交わしたりしただけで、相手を信用しすぎているのだろうか。

(相手は鬼の頭領だっていうこと……忘れていたわね)

 自分とは違う生き物だという認識に欠けていたのだろうか。

 もし本当に騙されているのだとしたら、なんだか心まで抉られそうだと漠然と思った。

 その時、ふわりと台盤所から先ほど作っておいた汁物の香りが燻ってきた。

 ふと、これまで料理を褒めてくれていた彼の姿が頭に浮かぶ。

(あの笑顔は……)

 ご飯を美味しそうに食べてくれた彼の笑顔。

 あれは本心からの笑みだと思うのだ。


「まだ鬼童丸さんのことはよく知らない。だけれど、あの笑顔だけは嘘じゃないわ」


 ご飯を食べておいしいと嬉しそうに笑う彼の姿に嘘はない――。

 もしかしたら、そう思いたいだけかもしれない。

 だけれど――。


「ちゃんと本人とお話して確かめなきゃ……」


 台盤所に戻って、朝食の準備を続けよう。

 少しだけお腹がキリキリしていて、食事が通るかは分からない。

 だけれど、一緒にご飯を食べれる時間を一緒にとってみて、そうして、相手がどう思っているのか尋ねてみるのも悪くはないだろう。


「それにもし、私を食べて鬼童丸さんの命が永らえるんだったら……」


 あやめは硬く瞼を閉じた後、ゆっくりと前を見据える。



「それはそれで……私の命にも価値があったんだと思えるわね……」



 その時――。


「あやめ姫」


 ――唐突に声が聴こえたのだった。


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