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第3話 姫、鬼に恋される――茨木童子――味噌汁

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 不安だったが、あやめはちょっとだけ気になることがあった。
 鬼童丸の直衣の袖をちょんちょんと引きながら問いかける。

「そういえば、先程、私が蔵に入った時には、怪しい人は見かけませんでしたよ? 鬼童丸様はどうでしょうか?」

「ああ? そういえば、別に妖しいやつもいねぇからって、あやめ一人蔵に入ったんだったな?」

「荒らされた気配も感じませんでしたし……私も昨日見かけた味噌を一目散に取りに行ったから」

「俺もおかしな気配は感じなかったな……」

「でしたら、私たちが出て行って、ほんの一瞬の隙を狙って犯人は蔵の中に入ったことになりますよね?」

 鬼童丸とあやめは二人して「むむ?」と頭を抱えた。
 彼が部下に問いかける。

「それで? そういやあ、その壺の中身ってなんだったんだよ?」

「それは……僕たちが投げつけられるやつですよ」

「具体性に欠けるな……まどろっこしいのは嫌いだから、さっさと言えよ」

「昔投げつけられて嫌な目にあって以来、口にするのも憚られる。嫌な目にあったな、本当に……僕としては、子ども達と遊んでただけだったのにな……ほら、都の人間たちが、僕たちを祓う真似事として、矢を持って追いかけっこしてるじゃないですか?」

「ああ? ちっとも意味が分からねぇな――まあ、ともかく立ち上がれよ、茨木。それともなんだ? その壺の中身が怖くて動けねぇのかよ?」

「え? いいや、まあ、気持ちは悪いですけどね」

 茨木童子が続けた。

「今、僕は単純に腹が空いて動けないんです」

「なんだ、そりゃあ? ったく、しょうがねぇな。そうだ、お前もあやめの作った料理を食ってみろよ?」

「ああ、かたじけない」

 ぼやく鬼童丸に対し、ふと気になったことをあやめは尋ねた。

「そういえば、鬼の皆の主食って? やっぱり人間なのでしょうか?」

「ああ? まあ、元々は人間だったな。血と肉と喰ってた奴らが多かった」

 さらりと言われて、あやめの緊張感が増していく。

(やはり、見た目は美男子だけれど、自分とは違う種族の方なんだわ……)

 こういう文化の差を感じると、強く相手と自分の生きてきたものや見方が異なるのだと、強く意識してしまう。

「だが、親父の件もあったから、最近は鬼達もだいぶ控えているんだよ」

「人を食べるのを控えたら、慢性的に空腹なのでは?」

「まあ、代わりに動物や魚の肉を食ってる。生で喰うか、とりあえず焼くかの二択だな。人間を食った時ほど腹は満たされねえ。それで、数年前に、人間の料理も試してみたが、あんまりうまくねぇなって話になってな――」

 鬼童丸が穏やかに微笑んでくる。

「だが、あやめが作る飯はうまいから不思議なもんだ。昨日の夜に喰ってた鬼達にも評判が良かった。だから、良かったら、あいつらに教えてやってほしい」

「ありがとうございます……」

 なんだか照れ臭くなって、あやめは俯いた。

 ちょうど、その時、ぶるぶる震えながら橋が口を挟んできた。

「鬼童丸様、あやめ様、壺についてなのですが……茨木お兄様曰く――何やら危険な食べ物が、さらに腐っているそうにございます。あやめ様も間違って口にされたりしたら危ないやもしれません……ああ、恐ろしや……」
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