84 / 298
モンスター
2
しおりを挟む
葵の顔は溶けてしまいそうな程、トロンとしている。
雅史は幸せだった。だが、まだ足りない。
「…葵…愛してる」
雅史が囁いた。
「…私も、愛してる」
この上なく幸せそうな顔をしている葵は、心の底から思う言葉を口にした。
「グサッ!」
静かな公園にその音が響き渡った。
その音は自分の真下から聞こえた。葵は反射的に音がした方へ顔を向けた。
「…え?」
葵はそんな声を洩らした。その一瞬では、理解出来なかったようだ。
葵の腹部に何かが突き刺さっている。そしてその何かを誰かが握っている。
葵はゆっくりとその腕を辿った。そこには、この上なく幸せそうな顔をしている雅史の顔があった。
雅史が葵の腹部に突き刺した物を引き抜いた。それが鋏である事を、そこで漸く葵は認識した。
「痛い?」
その問い掛けに、気付かなかった痛みに気付かされた。激しい痛みだ。
葵の口が叫び声を上げる瞬間、雅史の左手がそれを塞いだ。鷲掴んだその左手には、布が巻かれている。
右手で握られている鋏が、再び葵の腹部に突き刺さった。
葵は叫び声を上げた。しかし、口は塞がれている。呻き声程度にしか聞こえない。
「ねぇ、痛い?」
雅史は幸せそうに問い掛けた。しかし、本当の幸せはこれからやってくる。
「何で?」
葵の目はそう語っている。その目を見た瞬間、雅史は今まで以上の幸せに包まれた。
もっと見たい。信頼が絶望に変わる顔を。愛が憎しみに変わる時を。その恐怖する様を。
それは言葉にするにはあまりにも酷い行為だった。雅史はその行為を笑顔を浮かべ繰り返した。その姿は実に幸せそうに見える。
肉を貫く感触がその手に伝わっている。赤い血がその体に飛び散っている。
抵抗する力もなくなっている葵は、崩れ落ちそうだ。しかし、口元を鷲掴む雅史の左手が、それを許さない。
口を塞がれている葵の目が訴えている。その恐怖と絶望と信じたくないという気持ちを。
不意に雅史が左手を開いた。支えを失った葵は、その場に崩れ落ちた。
雅史はまだ満足していないようだ。仰向けに倒れた葵の上に、馬乗りになった。
口がぱくぱくと動いている。しかし、もう叫ぶ力は残されていないようだ。
「葵…気持ちいい?私は凄く気持ちいいよ」
雅史は葵の右肩に鋏を突き刺した。葵はもう、痛がる素振りを見せなくなった。死が近付いているのだろう。
「葵、葵、葵」
意識が朦朧としている葵の耳元で、雅史は名前を呼び続けた。呻き声が聞こえた。意識が戻ったのかもしれない。
「葵、聞こえる?」
その問い掛けに、葵の首が動いた。頷いたのかもしれない。
雅史がにんまりと笑った。そして、心臓目掛けて鋏を突き刺した。
葵は目を見開いた。その顔は、絶望を超越している。そして葵は短すぎる人生をここで終えた。
その死に顔を見詰め、雅史は幸福感に包まれた。
その死に顔から暫く目が離せなかった。しかし、それをアラームの音が邪魔をした。幸せな時間を邪魔されたように、眉根を寄せた雅史は、ズボンのポケットから携帯電話を取り出した。そして、アラームを解除した。
アラームは雅史が前もって設定していた。自分が死に顔に見とれる事をちゃんと分かっていたのだ。
我を忘れていた意識を現実に戻した雅史は、葵を抱えた。連れて帰るには、やはり重すぎる。諦めるしかない。
雅史は血に染まった靴と衣服をその場で脱ぎ捨てた。直ぐ近くには水道がある。そこで血に染まった両手と顔を洗い流した。
ベンチに置いたリュックサックから荷物をいくつか取り出した。真新しいタオルで、両手と顔を拭いた雅史は、大きなビニール袋の中に、脱ぎ捨てた血塗れの靴と衣服を入れた。そして、ジャージに着替えると、黒いベンチコートを羽織った。
視線を葵へと移した。頼りないライトに照らされている葵は、仰向けで死んでいる。その胸には墓標のように鋏が突き刺さっている。
雅史は鋏を引き抜いた。そして鋏をリュックサックに仕舞うと、もう一度手を洗い、名残惜しそうに何度も振り返りながら、公園を後にした。
葵の遺体が発見されたのは、それから二時間後の事だ。遺体を発見したサラリーマンの連絡を受けた警察は、公園を立ち入り禁止にし、早速捜査を始めた。
雅史の元に警察が来たのは、それから二日後だった。
雅史は幸せだった。だが、まだ足りない。
「…葵…愛してる」
雅史が囁いた。
「…私も、愛してる」
この上なく幸せそうな顔をしている葵は、心の底から思う言葉を口にした。
「グサッ!」
静かな公園にその音が響き渡った。
その音は自分の真下から聞こえた。葵は反射的に音がした方へ顔を向けた。
「…え?」
葵はそんな声を洩らした。その一瞬では、理解出来なかったようだ。
葵の腹部に何かが突き刺さっている。そしてその何かを誰かが握っている。
葵はゆっくりとその腕を辿った。そこには、この上なく幸せそうな顔をしている雅史の顔があった。
雅史が葵の腹部に突き刺した物を引き抜いた。それが鋏である事を、そこで漸く葵は認識した。
「痛い?」
その問い掛けに、気付かなかった痛みに気付かされた。激しい痛みだ。
葵の口が叫び声を上げる瞬間、雅史の左手がそれを塞いだ。鷲掴んだその左手には、布が巻かれている。
右手で握られている鋏が、再び葵の腹部に突き刺さった。
葵は叫び声を上げた。しかし、口は塞がれている。呻き声程度にしか聞こえない。
「ねぇ、痛い?」
雅史は幸せそうに問い掛けた。しかし、本当の幸せはこれからやってくる。
「何で?」
葵の目はそう語っている。その目を見た瞬間、雅史は今まで以上の幸せに包まれた。
もっと見たい。信頼が絶望に変わる顔を。愛が憎しみに変わる時を。その恐怖する様を。
それは言葉にするにはあまりにも酷い行為だった。雅史はその行為を笑顔を浮かべ繰り返した。その姿は実に幸せそうに見える。
肉を貫く感触がその手に伝わっている。赤い血がその体に飛び散っている。
抵抗する力もなくなっている葵は、崩れ落ちそうだ。しかし、口元を鷲掴む雅史の左手が、それを許さない。
口を塞がれている葵の目が訴えている。その恐怖と絶望と信じたくないという気持ちを。
不意に雅史が左手を開いた。支えを失った葵は、その場に崩れ落ちた。
雅史はまだ満足していないようだ。仰向けに倒れた葵の上に、馬乗りになった。
口がぱくぱくと動いている。しかし、もう叫ぶ力は残されていないようだ。
「葵…気持ちいい?私は凄く気持ちいいよ」
雅史は葵の右肩に鋏を突き刺した。葵はもう、痛がる素振りを見せなくなった。死が近付いているのだろう。
「葵、葵、葵」
意識が朦朧としている葵の耳元で、雅史は名前を呼び続けた。呻き声が聞こえた。意識が戻ったのかもしれない。
「葵、聞こえる?」
その問い掛けに、葵の首が動いた。頷いたのかもしれない。
雅史がにんまりと笑った。そして、心臓目掛けて鋏を突き刺した。
葵は目を見開いた。その顔は、絶望を超越している。そして葵は短すぎる人生をここで終えた。
その死に顔を見詰め、雅史は幸福感に包まれた。
その死に顔から暫く目が離せなかった。しかし、それをアラームの音が邪魔をした。幸せな時間を邪魔されたように、眉根を寄せた雅史は、ズボンのポケットから携帯電話を取り出した。そして、アラームを解除した。
アラームは雅史が前もって設定していた。自分が死に顔に見とれる事をちゃんと分かっていたのだ。
我を忘れていた意識を現実に戻した雅史は、葵を抱えた。連れて帰るには、やはり重すぎる。諦めるしかない。
雅史は血に染まった靴と衣服をその場で脱ぎ捨てた。直ぐ近くには水道がある。そこで血に染まった両手と顔を洗い流した。
ベンチに置いたリュックサックから荷物をいくつか取り出した。真新しいタオルで、両手と顔を拭いた雅史は、大きなビニール袋の中に、脱ぎ捨てた血塗れの靴と衣服を入れた。そして、ジャージに着替えると、黒いベンチコートを羽織った。
視線を葵へと移した。頼りないライトに照らされている葵は、仰向けで死んでいる。その胸には墓標のように鋏が突き刺さっている。
雅史は鋏を引き抜いた。そして鋏をリュックサックに仕舞うと、もう一度手を洗い、名残惜しそうに何度も振り返りながら、公園を後にした。
葵の遺体が発見されたのは、それから二時間後の事だ。遺体を発見したサラリーマンの連絡を受けた警察は、公園を立ち入り禁止にし、早速捜査を始めた。
雅史の元に警察が来たのは、それから二日後だった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
甘い誘惑
さつらぎ結雛
恋愛
幼馴染だった3人がある日突然イケナイ関係に…
どんどん深まっていく。
こんなにも身近に甘い罠があったなんて
あの日まで思いもしなかった。
3人の関係にライバルも続出。
どんどん甘い誘惑の罠にハマっていく胡桃。
一体この罠から抜け出せる事は出来るのか。
※だいぶ性描写、R18、R15要素入ります。
自己責任でお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる