約束ノート

村上未来

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 午前十時を少し回った頃、健太の携帯電話が着信を知らせるメロディーを奏でた。

「もしもし篠原君、どうしたんだ?休みか?」

 電話は健太の上司である、課長の衣笠昭夫からだった。

「…すいません…休ませて下さい」

 健太は力無く答えた。

「休みか?休むなら連絡ぐらいしてくれよ。幹君といい、最近の若い者はこれだから困る。だいたい…」

 衣笠が電話の向こうで、ぶつぶつと何やら言っている。しかし、今の健太は上の空だ。

「気を付けてくれよ」

 気が済んだのか定かではないが、衣笠はそう言うと電話を切った。
 健太はテーブルに携帯電話を置くと、拳を握り締めた。和也が会社を休んでいる。今も遥を探しているのだろう。何もできない自分が、情けなくてしょうがなかった。
 昨日から眠らず、食事も取っていない。しかし、食欲もなければ、眠気も襲ってこなかった。
 健太はテーブルの上の鳴らない携帯電話を、遥の無事を祈りながら、ただ黙って見詰めている。
 電話は一向に鳴らない。憎むべき犯人からも、遥の無事を知らせる電話もなかった。
 眠る事無く、また夜が開けた。食事も取らず、眠る事も無く、ただ携帯電話を見詰めている。

「…篠原さん、家から全然出てきませんね」

 車の中でアパートを見詰める日村は、助手席の利根川に視線を向けた。

「…電話してみるか」

 利根川は携帯電話で健太に電話を掛けた。しかし、健太は電話に出なかった。

「風呂か何かに入っているんですかね?」

 日村のその意見に、利根川は妙な胸騒ぎがした。

「いや、行くぞ」

 二人は車から降りると、健太の部屋の前に来た。
 利根川が玄関のドアをノックした。

「…出ませんね」

 日村が眉を寄せた。

「篠原さん…篠原さん!」

 利根川は名前を呼びながら、ドアを叩き続けた。しかし部屋に居るはずの健太は、一向に出てくる気配はない。

「おい!不動産屋を調べて、鍵持ってきて貰え!」

 日村は利根川の言葉を聞き、迅速に動き出した。

「篠原さん!篠原さん!」

 その間も利根川は、ドア越しから健太を呼び続けた。

「アパートの大家が、こちらに来てくれるそうです」

 電話を終えた日村が、利根川に告げた。
 直ぐ近くに住んで居るのだろう。大家は十分もしない内に利根川達の前に現れた。
 大家に警察手帳を見せ、事情を話し、部屋の鍵を開けてもらった。部屋に入った利根川達の目に飛び込んできたのは、うつ伏せで床に倒れている健太の姿だった。

「篠原さん!」

 利根川達は慌てて、健太に駆け寄った。

「篠原さん!篠原さん!」

 日村は健太の手首を掴んだ。

「…脈はあります」

 日村は、部屋の中をキョロキョロと見回す利根川に言った。

「争った形跡もないな」

 そう言うと、利根川は携帯電話で救急車を呼んだ。
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