約束ノート

いつもの夢

6

　部屋には幼い子供達だけが残っている。しーんとした静寂だけが部屋を包んでいる。
　健太はその静寂の中、自分の体を抱え、震えながら涙を堪えた。

「…健太君、大丈夫？」

　震える健太の前に、零士が跪き囁いた。　

「え？」

　健太は、滅多に喋らない零士が声を掛けてきて、少し驚いている様子だ。

「大丈夫？」

　零士がまた喋った。

「…痛いよ…でも、泣いたらまた叩かれちゃう…」

　健太は優しく、自分の体を擦った。

「…今日で叩かれるの最後だから」

「…えっ？…なんで？」

　意味が分からなかった。

「…約束ノートに書いたから」

　零士は手に持っている、ノートを健太に渡した。
　表紙には、『約束ノート』と書かれている。手書きだと分かるのその文字は、黒のインクで書かれている。子供の文字ではないだろう。
　健太は不思議に思いながら、そのノートを広げた。約束ノートには様々な事が書かれている。

『たべものをのこしません』

『ようこせんせいのいうことはまもります』

　拙い字だ。零士が書いたのだろう。

「最後のページだよ」

　零士が言った。
　健太は頷き、ページを捲った。そして、最後のページに辿り着いた。

「…ん？何て書いてあるの？洋子先生の後が読めないよ」

　健太は首を傾げた。
　その文字は漢字で書いてあった。五歳の健太には読めなかったのだ。

「…殺す」

　零士は俯きながら呟いた。
　その顔には笑みが溢れている。

「…ころす？…洋子先生をころすって何？」

　健太は殺すという言葉を初めて聞いた。意味も理解していない様子だ。

「…夜になればわかるよ…健太君手伝ってね」

　顔を上げた零士は笑顔を浮かべていた。健太は零士の笑顔を一度も見た事がなかった。初めて見たその笑顔に、健太はドキドキした。きっと楽しい事だ。健太はそう思った。

「うん！僕もやる！」

　体の痛みを忘れ、健太は元気に答えた。