殺しの美学

村上未来

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出逢う

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 本能は抗うのをとうにやめたようだ。右京は一心不乱に針を突き刺し、色を入れている。その作業を取り憑かれたようにやり続けている。
 人間とは違う。針を刺しても、血は滲んでこないし腫れもしない。血を拭う必要もなければ、肌を休ませる必要もない。右京の右手は止まる事なく動き続けている。
 真っ白な肌に刺し続けて二十八時間と少し。食事も水さえも取らなかった右京の右手がぴたりと止まった。
 刺青を施した鈴を見詰める。やつれた顔の右京が満足そうに頷いた。
 疲労困憊した体を立ち上がらせ、右京は真っ直ぐドアへと向かった。
 ドアを開け立ち止まった。その行く手を妨げるように、立ち塞ぐ者の顔に視線を移した。
 にんまりとした笑顔。右京は朧気な意識で、それが大男であると認識した。
 大男は笑顔を崩す事なく口を開いた。

「終わった?」

「…あぁ」

 そう言った右京は、大男の分厚い胸へと倒れ込んだ。終わった事を知らせた事で、緊張の糸が切れたのだろう。右京は気を失っている。

「あい」

 大男は倒れ込んだ右京を担ぎ上げると、直ぐ足を動かし駆け出した。
 人を担ぎ上げているとは思えない速さ。その速さのまま、大男は伊織の元に辿り着いた。

「終わったから連れて来たよ」

 伊織は大男に、刺青を彫り終わったら右京を連れて来いと命じていた。

「そこに寝かせろ」

 右京が気を失っていることに気付いた伊織は、自分が座るソファーの対面のソファーを顎で指した。
 高鳴る胸を落ち着かせる事無く立ち上がった伊織は、彼には似付かわしくない早歩きで鈴の元に向かった。
 ドアは開いていた。部屋に飛び込んだ伊織は、その視界に鈴を捉えた。その瞬間、伊織は身震いして動けなくなった。
 足は止まった。触れられる距離ではない。だが、伊織は手を伸ばした。
 伸ばした手が、見えない何かに引っ張られるようにして、伊織は歩き出した。

「…鈴」

 愛して止まない者の肌に触れ、愛して止まない者の名を口にした。しかし、その愛する者は返事をしない。そして、その肌は冷たく硬い。
 鈴の冷たく硬くなった肌には、刺青が彫られている。二匹の白い龍が、踝から頬に掛け、交わるように絡み付きながら天へと登っている。
 その二匹の龍を包むように、石楠花の葉が辺りに描かれていた。
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