殺しの美学

村上未来

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現実

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「だーいーき、恭子ちゃんを捕まえて」

 微動だにせず、一部始終を見ている大輝の耳に、その声が届いた。
 大輝の腕がゆらゆらと動いた。大輝は恭子へと腕を伸ばし、ゆっくりと歩き出した。その様は、自分の意思ではなく、何かに操られているようだ。

「…こないで」

 恭子は意識がまだ朦朧としている。その迫りくる腕は、化け物のように見えているのかもしれない。

「はーやーく、はーやーく。父さん、早く恭子ちゃんと遊びたいんだよ」

 ベッドの上から手を叩きながら、はしゃいで見ている宗二は、さらに手を叩く音を早めた。その音のリズムに合わせるように、大輝の足は動き出した。

「や、や、やあぁぁぁぁぁ!」

 物を倒しながら逃げ回っていた恭子の腕を大輝は掴んだ。

「ははははは!いくら叫んでも誰もこないよ!この家にいるのは、今は俺達だけだからね!」

 宗二の言うとおり、今この家にいるのは三人だけだ。玲那は学校に行っている。秀子は宗二の使いで外に出ており、戻ってくるのは夕方になる予定だ。
 豪邸と呼ぶに相応しく、屋敷は広い敷地の中に建っている。壁には防音加工がされている。いくら叫んでも、敷地内に立ち入らぬ限り、人の耳には届かないだろう。

「さぁ、恭子ちゃんを連れてきて」

 こっちにおいでと手招きする動きだけが、大輝の滲んで歪んだ視界の中で、はっきりと見えた。その導きに従い、恭子の腕を掴む大輝の足が動き出した。
 懸命に振り払おうと腕を振り回す恭子を引き摺りながら、大輝は宗二の待つベッドへと辿り着いた。大輝は掴んで放さなかった恭子の腕を宗二に差し出した。

「きょーこちゃん、お楽しみの時間だよ」

 涎をじゅるりと垂らした宗二は、拭う事なくそう言うと、恭子の腕を鷲掴み、体が不自由だとは思えない力でベッドの上に投げ捨てた。
 その後は、泣き叫ぶ恭子の声と、欲望を吐き散らす宗二の声だけが部屋の中に響いていた。


 宗二は一仕事終えたような顔をしている。その目は、裸の恭子の背中を見詰めている。

「…よし、今日やっちゃおう」

 先程まで貪るように抱いていた恭子の背中を宗二は指でなぞった。
 既に泣き叫ぶ事をしなくなっている恭子は、呆然としながら、その言葉を聞いている。
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