殺しの美学

村上未来

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 欲望を吐き出した後も、まだその渇きは潤おうとはしなかった。
 伊織は立ち上がると歪んだ唇を正し、口を開いた。

「…お前が今いる部屋のベッドに運べ」

 鈴が飛び降りた窓から大男が飛び降りてきた。三階から飛び降りたが、怪我はしていないようだ。
 大男は駆け寄ると、右手一本で軽々と鈴を肩に担ぎ上げた。

「丁寧扱え!」

 大事なものを雑に扱われた。伊織は凄い剣幕だ。大男は両手に鈴を抱え直すと、ゆったりとした動きで、三階の部屋に向かった。
 ワレモノを扱うように、鈴は大男の手により丁寧にベッドに寝かされた。
 伊織が寄り添うようにベッドに寝そべった。指先が求めた。唇が求めた。体が求めた。全てが求めた伊織は、その名前を口にした。

「…鈴」

 幼子が母親を求めるように、鈴を抱き締めた伊織は至福の表情を浮かべた。
 この世の全ての言葉を使っても、伝えきれないだろう。それ程の想いを伝わるはずのない相手に伝え続けた。
 朝がきた。名残惜しそうに鈴を見詰めた後、ベッドから起き上がった伊織は、部屋を抜け階段を下りた。
 一階にある風呂場に辿り着いた。服は脱ぐ必要はない。裸の伊織は浴室に足を踏み入れた。
 水垢一つない清潔感漂う浴室。金色に輝く蛇口を捻り、頭から熱いシャワーを浴びる。
 体に纏わり付いている乾いた血を愛おしそうに洗い流すと、伊織は浴室を出て脱衣所に移動した。
 棚から真新しいバスタオルを取ると、程良く引き締まった体に纏わり付く水滴を拭って行く。用済みとなったバスタオルを床に投げ捨てると、畳一畳程の広さはある鏡の前に立ち、ドライヤーを使い髪をセットした。
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