殺しの美学

村上未来

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 プラシーボ効果とは、俗に偽薬効果と呼ばれているものである。全く有効成分の含まれていない薬を病気を完治する薬と思い込ませてから被験者に飲ませると、有効成分が含まれていないにも関わらず、完治したり症状が穏和したりする事がある。しかし、それは全ての人間ではない。ある機関が調べたデータによると、三分の二の被験者には何らかの改善が見られたが、三分の一の被験者には何の改善も見られなかったとの事だ。
 偽薬効果とは違うが、こんな話がある。
 椅子に縛られている被験者の目の前で、スイッチの入ったアイロンを生肉の上に載せた。暫くすると、当然のように湯気がでてきた。しかし、このアイロンにはからくりがあった。スイッチは入っているが、全く熱くはない。その逆だ。キンキンに冷えている。
 湯気は肉が焼けたから出たのではない。スイッチ一つで水蒸気を発する仕組みになっていたのだ。被験者はそのカラクリには気付いていない。純粋に肉が焼かれていると思っている。
 生肉の上で湯気を上げ続けるアイロン。そのアイロンを掴み取り、空かさず被験者の剥き出しの白い太股に押し当てた。
 被験者の顔は苦痛に歪み、悲鳴を上げた。それだけではない。アイロンを離した太股には、水膨れのような腫れ物が出来上がっていたのだ。
 火傷の症状とは少し異なるが、思い込みにより、脳がアイロンの冷たさを熱さと勘違いしたのだ。これもプラシーボ効果と呼べるだろう。
 鈴の手の平にも変化が現れている。うっすら赤くなっている程度が、脳が勘違いしたのだ。

「…鈴さん、少し赤くなってますけど、痛いですか?」

「…少しヒリヒリします」

 伊織に触れられている右手を見詰める鈴の目は、涙が滲んでいる。

「すいません。実はこのボールペン、全く熱くないんです」

 鈴の手の平から手を離し、床に転がるボールペンを握り締めながら伊織は申し訳なさそうな顔をした。

「えっ?…熱いですよ」

 少し避難めいた視線を向け、鈴は口を尖らせた。

「本当に申し訳ないです。熱く感じたのは、俺が暗示を掛けたせいなんです。ほら、今俺はボールペンを握ってるでしょ?全く熱くありませんよ」

「…本当ですか」

 鈴は恐る恐る伊織の握るボールペンに手を伸ばした。

「…あれ?熱くない…どうして?」

 鈴の視線が驚きに変わった。
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