殺しの美学

村上未来

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 伊織が花蓮から離れた。窓辺に置かれている赤い布の椅子を手に取ると、花蓮から三メートル程離れた場所に置き座った。
 花蓮は喋る事もなく、体を動かす事もなく、目玉だけをキョロキョロと動かしている。伊織はその様子を黙って見詰めている。
 部屋の中は、生ある者が存在しないかのように、静まり返っている。十分、二十分と経ち、三十分が経過しようとする目前、魂を宿した人形の指先がぴくりと動いた。

「…あれ?…あっ、催眠術に掛けられてたんですね」

 人に戻った花蓮は、人形にはできない、にっこりとした笑みを浮かべた。

「…二十九分か」

 童謡をイメージさせる、壁際に置かれている大きな背の高い古い時計に目をやると、伊織は誰に言うでもなく呟いた。

「…上手くいきましたね」

 花蓮はソファーから立ち上がると、熟睡した後のように両手を上に上げ、大きく伸びをした。

「…あぁ、俺は行く所があるから、お前はタクシーで屋敷に帰れ。帰る前に、催眠術と、心理学、神経言語プログラムに関する本を手当たり次第買って、俺の部屋に置いておけ」

 伊織は椅子から立ち上がると、床に転がしたリュックサックを掴み、中から札束を二つ取り出し、ソファーの上に投げ捨てた。
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