殺しの美学

村上未来

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「…ママ、おかえり」

 ゆっくりと開かれて行く瞳に映るのは、大好きな母親。花蓮はその愛しい想いを言葉に滲ませた。

「…あれ?ママ変だよ?花蓮の足、動かないよ?」

 大好きな母親の胸に飛び込もうするその腕は、動かないその両足に食い止められた。
 伊織はまだ、足が動かなくなる催眠術を解いていない。それ故に動かないのだろう。

「…足が動くようになる」

 伊織は静かにその言葉を唱えた。

「あっ、動いた、ママ、大好き」

 花蓮は伊織に駆け寄ると、両腕を優しく背中に回し、きつく抱き締めた。


「…お前はソファーが大好きだ。今直ぐソファーに座りたくなる…そしてずっとソファーから離れたくなくなる」

 伊織は優しく花蓮の耳元で囁いた。

「…ママ、ソファーに座っていい?花蓮どうしてもソファーに座りたいの」

 抱き締める腕を解くと、花蓮はソファーをちらちらと振り返りながら、潤んだ瞳を伊織に投げ掛けた。

「…あぁ」

 伊織は静かに頷いた。

「やった!」

 花蓮は勢い良く振り返ると、ソファーに飛び乗った。
 伊織は花蓮の目の前に近付いた。花蓮は嬉しそうな顔で伊織の目を見詰めている。母親と錯覚している伊織に、喜びを伝えているのだろう。

「…瞼が重くなっていく…瞼が重くなっていく…目を閉じろ」

 囁いた。伊織は花蓮の瞼に触れるか触れないかの距離に手を翳した。

「…お前は魂を宿した人形だ…当然、動くことは出来ない…言葉を喋る事も出来ない…しかし、お前は魂を宿した人形…お前のその瞳だけは動かす事が出来る…目を開けろ」

 閉じられた瞳がゆっくりと開いていく。そして何か言いたげに、花蓮の潤んだ瞳だけが忙しなく動いている。
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