殺しの美学

村上未来

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覚醒

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 闇の中に大男の後ろ姿が浮かび上がった。機械のように息継ぐ暇も無く、同じリズムで土を被せている。スタミナの概念が消えているとしか思えない。
 火事場の馬鹿力という言葉がある。人は切迫した状況に置かれると、想像できないような力を無意識に出す事がある。その例えで使われている言葉だ。今の大男はその状況に当て嵌まるのだろうか。それとも、元からスタミナが無尽蔵にあるのだろうか。それとも、催眠術は潜在能力を引き出す事ができるのだろうか。
 伊織は考えるのを止めた。頭の中で推測する事はいくらでも出来るが、それはあくまでも推測にすぎない。データを集めれば、事実が分かるだろう。まだデータとなる情報が少なすぎる。
 大男が違う動きを見せた。足を踏み出すと、土を被せた前で止まり、スコップを叩き付け、地面を均し始めた。
 凄まじいスピードだ。土埃が上がっているのが、乏しい明かりの中でも分かった。
 大男がスコップを握り締めたまま、直立不動になった。どうやら真田の埋葬は終わったようだ。

「…その辺の草木を毟り、ばら蒔いておけ」

 大男はスコップを放すと、疲れを知らない機敏な動きで周りの草木を引きちぎり、ばら蒔いた。

「そこの木に背中を付けて立て」

 伊織は目の前にある一際大きな木を携帯電話のライトで照らした。
 大男はラジコンの如く、その通りに動いた。

「受け取れ」

 伊織は大男に向け、ビニールの袋に入った未開封のガムテープを投げた。大男は暗さなど関係ないかのように、機敏な動きで掴み取った。

「開封した袋を丸めて、ガムテープで固定しろ」

 大男は袋を開けるとそれを丸めた。そしてガムテープをぐるっと一周巻き付けた。

「それを口に入れろ」

 ぱかっと開いた口に、自らそれを押し込んだ。

「残りのガムテープを口の回りに巻き付けろ。鼻は塞ぐなよ」

 大男は口を塞ぐように、自分の顔にぐるぐるとガムテープが空になるまで巻き付けた。その様は不気味だ。
 ガムテープは鼻の下から顎先に掛けて巻き付けられている。隙間など見当たらない。間違いなく、口では息ができないだろう。

「そのまま大声を出してみろ」

 大男から呻き声のようなものが聞こえた。しかし、大きな声は出せないようだ。

「手を使わずに、舌や顔だけでガムテープを剥がそうとしてみろ」

 大男は舌と顔のあらゆる筋肉を使い、ガムテープを剥がそうとした。しかし、ガムテープは緩みもしなかった。この状態のままでは催眠術が解けても、手を使わない限り大声を上げる事はできないだろう。

「もういい…これを握れ」

 大男にロープの先端を握らせた伊織は、そのまま木をぐるりと一周した。

「離せ」

 大男からロープの先端を受け取ると、伊織は結び目を作り、頑丈に縛った。そして十メートルのロープを使い切り、大男を木に縛り付けた。
 伊織はロープ作業をするのは初めてだ。強固な結び方は知識としていくつか知っている。その結び方をいくつか使い縛り付けた。

「ロープを外してみろ」

 木に縛り付けた大男が動こうとしている。しかし、いつまで経ってもロープは緩みもしなかった。
 木は太い。道具を使わない人間の力では、折れる事はないだろう。

「動きを止めろ。俺が良いと言うまで、一言も喋るな」

 伊織はそう言い残し、下に散らばった道具を拾い、山頂に向け足を踏み出した。
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