殺しの美学

神になりたい男

2

　確かに伊織は、頭脳明晰な嘉門の遺伝子を受け継いでいる。いや、世界一と謳われる、某国の某大学を主席で卒業した嘉門の頭脳を凌駕しているかもしれない。
　伊織は中学を卒業する前には、大学で学ぶレベルの学問を全て頭に入れていた。それは文系、理系、共にである。だから学ぶものなどない大学には、進学する気が起きなかったのかもしれない。
　中学を卒業してからも、伊織の知識は莫大に増えていった。今では知らないものを探す方が簡単かもしれない。伊織は興味のないものは覚えようとしないが、一度記憶したものは忘れる事がない。
　総人口七十七億を越えたこの広い世界の中に、
伊織に敵う頭脳の持ち主は何人いるだろう。そんな疑問を、自分自身で感じていた。
　伊織は何不自由なく甘やかされて育った。幼い頃から大人にさえ敬語を使われていた。そんな環境下で育ったせいか、伊織は自分よりも劣っていると思う人間を見下す性格をしている。自分よりも劣る。それは、殆どの人間を指している。
　頭脳に加え、天は彼に二物を与えた。いや、二物どころではない。頭脳、運動神経、顔立ち、家柄、その全てにおいて、彼は群を抜いている。
　そんな彼は、友人と呼べる者は誰もいなかった。幼少期から、自分よりも劣る者達と連む気がしなかったのだ。
　財閥の御曹司ともなると、彼に言い寄ってくる者は、男女問わず引っ切りなしにいた。しかし伊織はそれを文字通り鼻で笑い、多くの者の恨みを買ってきた。そんな彼を知れば、神と呼ぶ者は誰一人いないだろう。
　伊織は自分が立ち上げた雑談専門サイトの名を、エンプティルームとしている。直訳すると、空の部屋だ。伊織以外の発言など、ただの戯れ言、ただの雑音。そんなただの文字の羅列にしか過ぎない部屋には、人間など居ない。そんな理由で、この名前を付けたのだ。この事からも、彼の屈折した性格が読み取れるだろう。