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1章
009.
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「あの…大丈夫ですか?」
そうベッドにうつぶせたままの健太郎に声をかけるのは、心配そうにこちらをのぞき込んできている愛良だった。
昨日(今朝?)、あれからも健太郎の予想通り、一度出させただけでは全く収まらなかった彩海は、搾り続ける行為を夜通し飽きることなく「やり」続けた。
そして出来上がったのが、この干からびた健太郎であり、その経緯を何となくではあるが想像できてしまうのが、心配そうな顔の中に赤みを差している愛良、というわけなのだ。
朝の食事はもちろん食事全般はほぼ固定のメンバーが持ち回っており、その数少ないメンバーの中にいる愛良は、本日の朝食当番であり、出来上がりを健太郎に伝えに来ていた。
健太郎の部屋に向かう道すがら、彼女は昨夜歩美が滔々と伝えてきた内容——「夜這い」の行為を連想し、バクバクと高鳴る鼓動を抑えながら、彼の部屋を訪れればーーこの有様だった、というわけだ。
(ほ、本当に。本当に「やっちゃった」の彩海さん!? こ、こんなになるまで!?)
しかも、行為の相方であろう彩海とは、先ほど朝の挨拶をしたばかりだが、朝から溌溂としており、今までにないほどつやつやとしていたというのに。
——まるで何かを吸い取ったような。
しばらく陶然としていた愛良だったが、不意に目に映るひらひらとした動きに目を合わせると、それはいつの間にかうつ伏せたまま片手を辛うじて上げ、うなだれるように垂れ落ちた手首をぶらぶらしている健太郎の仕草だった。
「ごめん…今あんまり食欲ないから…君たちだけでとって…」
声からも全く精力を感じないかすれ声に、余計に心配になる愛良だったが、どう頑張っても食事をとる気力はなさそうに見えるので、せめて水でも持ってこようと踵を返すと、その背中に追いかけるように声がかかった。
「それに…たしか今日の朝は彩海さんがみんなに話をしたいと言ってたから…それに俺は立ち会えないんで、お気になさらず」
==
愛良がリビング+キッチンがつながったその部屋に戻ってくると、件(くだん)の彩海を囲むように、朝食の場が出来上がっていた。
優雅にコーヒーのような豆を焙煎された飲み物を口にする彩海の目の前には、歩美と、満と、流歌が、3人並び、同じように口をあんぐりと開け、同じように「まじかこいつ」という目を彩海に向けていた。
「た、堪能してきましたって…」
その3人の中でいち早く覚醒した流歌が、先ほど彩海が口にしたであろう一文をオウム返しに繰り返すと続けて「昨日の今日で、も、もう「致しちゃった」の?」と、うわごとのような問いかけを投げた。
対する彩海は——
「えぇ。とっても良かったわ♡」
と、にべもない。
というか、物凄い幸せそうな顔で自身の頬を撫で、たまに「いやんいやん」と身もだえている。
正直ちょっと大人びた高校生でも通用する彩海のその仕草は女性から見ても、状況が状況であれば「可愛い」と評したかもしれないが、「実績」が伴ったそれはもはや「淫靡」な何かだった。
「よかった…んだ「そうじゃあないでしょおおっ!?」」
うわごとの様な言葉を返す流歌の言葉を遮るように、次は歩美が覚醒したのか大声で叫び、流歌の顔を強引に横に押しのけ、彩海を問い詰める。
「は、話するんじゃなかったっけぇ彩ねぇ!?」
怒って興奮しており、また性的な話題に顔が熱くなるのを誤魔化したくもあり、完全に大人の女性を前にしているという緊張した心地もありでいったい今自分がどんな顔をしているのかわからなくなっている歩美だが、周りから見ても「あれはどんな感情から生まれた表情なのだろう」と首をかしげる顔に仕上がっていた。
しかし彩海は全く動じない。
「つい♪」嘘だ。初めから襲う気だった。
「あぁぁっぁぁぁ! もぉぉぉぉっ…うう…彩ねぇがそこまでアグレッシブな人だったなんて…」
とうとうどういう感情でいればもわからなくなった歩美は、すとんと椅子に座りこむとそのまま机に突っ伏した。
それに同情するような視線を向けた満は、しかし自分も他人ごとではなく、というより、彩海に問いかける役割が自分に回ってきていることに気付き「まじっすか…」とつぶやきながらも、頑張ってみる気にはなったのか、彩海に言葉を促した。
「えぇっと…つまり彩海姉さんは、ケンおじさんを説得できたってことっすか?」
頑張る気にはなったものの、話題が下の話題だけに、まだ恋愛という恋愛を経験したことのない満には刺激が強かったのか、顔を真っ赤に染めるのは止められない。
そんな初心(うぶ)な表情を目にした彩海は、昨夜の淫蕩な回想で悶えるをやめ、代わりに目の前の満の頭を撫でつける。
「えぇ♪ ケンさんには快諾頂いたわ」
そうニッコリといった彼女の言葉に、一同はホッとしつつも複雑な表情を浮かべる。
いつの間にか顔だけ上げていた歩美は複雑を通り越し、思い切り不機嫌な顔で「ふん」と鼻を鳴らす。
(なんだかんだ言って、あいつもやっぱり「男」だよね。こんな可愛いJKを目の前にして盛っちゃったってわけだ)
ここまでの短い生活の中、心に蓄積していた、健太郎への「安心感」が今、彼女たちの中で「男の獣性」に塗り替えられようとしている。そんな中。
「でも」
彼女たちの心情を見越す様に語り掛けたのは、やはり彩海だった。
「ケンさんには「条件」を付けられてるから、ちゃんと聞いてね」
その彩海の言葉を、健太郎へ再度芽生えた恐怖が彼女たちの理解を拒んでいたが、しばらくして落ち着いたのか、その言葉が心に落ちてきた。
「条…件?」
つぶやいたのは満だったか、歩美だったか。
澪はそんな中でも我関せずと、朝食のパンをハムハムと口にし、話題についていけないコニルは不思議そうな顔で一喜一憂する彼女たちを眺めていた。
そして、理解にまで至った彼女らは、それぞれが思い思いの感情を見せ始める。歩美は蔑み、愛良は青ざめ、満は不安そうな顔を。
脳裏に浮かぶのは、健太郎の今まで見たことのない――見せてこなかった下卑た笑み。
『一度で済むと思ってないだろうな?』
『お前らが欲しがってるんだろ? なんで「タダ」でやらせないといけないんだ?』
——男だったどころじゃない。人間として屑な可能性がないなんてなんで私たちは————っ
彼女たちがそれぞれ思っているであろう心のうちを悟りながら、それでも嬉しそうに、彩海は言葉をつづける。
「そう。
まず一つ、基本的に行為をするのは一人一回だけ。一度でも「処方」すれば、効果は出るはずだから」
「へ」
それは、
彼女達にとっては全く問題なく、というよりは、半数の女の子には「当たり前」だと思っていた。
でもそれは、彼女達の考えであって男からすれば、そうではないのだろうことは、何となく想像はしていたのだが。
(てっきり…させてやるから、治ってからも相手をしろとか、俺の女になれとか、そういう条件かと思ったのに…)
歩美は、拍子抜けしたような呆然とした顔で言葉を聞き、さらなる彩海の言葉で、それはだんだん驚きに代わっていく。
「二つ目、行為を終えたら、皆その事は忘れて、なかったことにして過ごすこと。話題にするのもできれば禁止」
それも、とてもありがたい条件だ。絶対に忘れることはできないが、「思い返してはいけない」というルールが「気にしないことが許される」という空気を作り守ってくれるだろう。
「最後、治ってからもいつ再発するかなんて恐怖で、なし崩しに関係を持たないように、契約を解除するための方法を模索することに協力すること。
どうせ最悪「もう一度」なんて考えないこと、だそうよ?」
…
「は?」
そう漏らしたのは歩美だったが、おおむね皆の心を吐露した形だった。
それは、なんといえばいいのだろう。
話し終え、にこにこと「期待通りの」顔をーー呆然とした表情を浮かべる彼女たちの顔を眺めていた彩海は、不意に自分の袖を引かれ、そちらをむく。
律だった。
あどけない顔で、びっくりした顔で、一言こういった。
「ケンちゃん。超紳士だね」
その一言で、茫然としていた彼女たちの頭が少し働き始めた。働き始めると、思いつくのはまず否定の言葉。
「………いや、紳士すぎるでしょ。
なんか言ってることが童貞臭いし、逆に下心が透けて見えるっていうか」
「あら」
ジト目で、ただ多少の後ろめたさを感じつつ呟く歩美に、彩海は一言。
「ケンさん、もう童貞さんじゃないわよ?」
(そこじゃねぇよ!)
皆心中で総突っ込みを入れるが、話題が話題だけに明言を避けた結果、リビングには沈黙が下りた。
とはいえ、その沈黙も何か負けたような気になったのか、歩美は明らかに無理やり口を動かす形で言葉を返す。
「いや、だから、ほら。
い、一回その、い、「致して」さ、ちょっと調子に乗っちゃってんじゃないの?
余裕? 見たいのが出て、今まで抑えられてた欲望が出てさ」
かなり早口に捲し上げるのがその証左か。
しかし、その内容については、不安を感じている多くの女性陣にとって、すっと心に入って「納得しやすい」ストーリーだったのか、愛良や満の顔色は段々暗くなっていった。
そんな彼女たちの暗いイメージを払しょくする一助を出す言葉は、意外にも彩海ではなく。
「それは、あまりに不義理な意見ではないでしょうか?」
今まで同席しつつも、一言も言葉を発さずお茶をちびちびと飲み続けていた澪だった。
「うぐっ………。
ど、どういうことよ、澪ちゃん」
正直を言えば。
発言した歩美は自分が話した言葉の内容をほぼ信じてはいなかった。売られてもない喧嘩を前のめりで買ったような心境で放った言葉に、主観性も、責任も正直持ち合わせていおらず、そんな状況に、多少の後ろめたさを持っていた。そんなところに、それを否定する言葉。
コレで指摘されたのが彩海であったり愛良であれば、これ幸いと言葉を引っ込めるだけで済んだのだが、今回の相手が年下の女の子であったのが、とてもよろしくない。
彼女はまた売られてもない何かを買ってしまう。
(あー! 年下の子にまで噛みつくって私どこまで落ちる気だーっ!)
「どういうといわれても」
対する澪は冷静の極み。
飲んでいたティーカップを机に静かに置くと、ちらと歩美を見据え言う。
「今までの彼の対応から見て、確かに性的な目で見られているのは確かですが、
こちらに気を遣い過ぎる程遣っているのは皆さんも感じているのでは?」
それは。
言われるまでもなかった。
そもそも出会いの時から、健太郎の気の遣いようは異常と言えるほど。
「年頃の女性が中年男性と一緒に住むことは抵抗があるだろうから」というだけで、自分の家だというのに、出ていくと宣ったり。
寝るときもそうだ。部屋は別とはいえ、近くに男性がいる状況では気になって寝れないだろうと、自身の部屋の出入り口に音の出る仕掛けを設け、わざわざ自分の行動を制限してみたり。
こちらがだいぶこの家にも慣れて、バカ騒ぎの果てにふざけて悲鳴を上げてしまったときも、血相を変えて「大丈夫か!?」と駆け付けられ、気まずくなってつい「大袈裟」と責めた時も、本当に申し訳なさそうに「すまん…」と返してきたり。
さぁ。
誰が「調子に乗っていて」。
誰が「欲望抑えられず、人の弱みに付け込んで人間の屑のような所業を行う」のか。
よく考えなくても、今までの健太郎を見ていて、彩海の言っていたことを言いそうな方と、欲望丸出しの方と、どちらがしっくり合うかなんて、わかりきっていたことだった。
それを尻目に、訳知り顔で「どうせ男なんて」調で恩知らずに喚いたのは誰だったろう。
「うっ………」
(はい。私です………)
年下の子に一言で言い負かされることもそうだが、自分の意見のあまりに恩知らずな内容に、本気で落ち込む歩美は、言葉も返せずうなだれてしまう。
それを見て、放っておけないのと、自身も同じ罪悪感を抱いていた愛良はたまらず代わりに言葉を紡ぐ。
「あ、わ、私も、歩美《ふーみ》と同じこと考えてたよ………。
不安な気持ちのままで、今までのことがすっぽり頭から抜けてた………。
そうだよね。そういう人じゃないって、もうわかるくらいには一緒にいるもんね」
という、反省の言葉には澪はきょとんとした顔で、
「え? いえ、そういう人じゃないかはまだわからないのでは?
普通に欲情はされている気はしますので、気の迷いはあっても不思議ではないと思います」
「え?」
「今までのことを無視して考えるのもおかしいと思いますが、
男性であることを無視することもないでしょう」
流れるような揺るぎない自己理論展開。
(この子本当に年下?)
唖然とする3人娘に、澪は特に頓着せず、元のティータイムに戻ってしまった。
そんな状況に、一先ずの区切りを見たのか、パンと柏手を打って彩海が「とにかく」と無理やり場を戻す。
「ケンさんの許可は頂いたけど、どうするかは急いで結論を出す必要はないわ。
むしろ「何かあっても大丈夫」っていう保証ができたんだから、落ち着いて考えて欲しいの」
それを横目で盗み見、一つため息を突いた澪は、律にジト目を向けて、告げる。
「律、やっぱりあなたも相手をしてもらうべきです。
あなた、そもそもあの男に好意を持っているのでしょう?」
そういい憤懣やるかたない表情を向けるが、律はそんな顔は見慣れているのか、むしろ飄々とした顔でにっこり笑い、それにこたえる。
「みっちゃんが一緒にやってくれるなら考えるよ?」
そんなあっけらかんとしたーー間違いなく了承しないであろうとわかっている言葉に、澪は一つ「…ありえないです。やっぱりお馬鹿さんですね…律は」とつぶやいた。
満も、歩美も、自身が心に思い描いていた健太郎像に恥ずかしくなり、また罪悪感を覚えうつむき、それでも歩美は最後まで認める気がないのか、無理やり作った不機嫌顔で皆から顔をそらした。
流歌は
「うーん。決めた。」
その大きくはないが、妙に響く声に皆が目を向け、流歌に注目した。
それに全く動じることもなく、流歌はあっさりといった。
「今日はあたしがオジさんに相手してもらう。なんか、そもそももう我慢できないし?」
それに、すでに「相手をしてもらう」ことを了承している女子達が動揺し、「え」という口の形で固まる。
「みんな、ごめんね。でも、どうしてもって子がいたら、出来れば私も一緒に「させて」ほしいな」
そういって手を合わせて顔の前で拝む彼女は、舌を出し茶目っ気たっぷりに笑うのだった。
「さて」
本日の「番」も決まり、するべき話もした。あとは——皆に了承をもらうだけ。
「みんな、この「条件」——守れる?」
そう告げられた彼女たちは、まだ「相手」に名乗り出ていない澪や律やコニル以外の女子達は、それぞれの表情で頷いて見せた。
ちなみにそれを聞いた彩海は。
「あ。私は一つ目の「一度のみ」は守らないのでごめんねー?」
「「「台無しだっ!?」」」
そうベッドにうつぶせたままの健太郎に声をかけるのは、心配そうにこちらをのぞき込んできている愛良だった。
昨日(今朝?)、あれからも健太郎の予想通り、一度出させただけでは全く収まらなかった彩海は、搾り続ける行為を夜通し飽きることなく「やり」続けた。
そして出来上がったのが、この干からびた健太郎であり、その経緯を何となくではあるが想像できてしまうのが、心配そうな顔の中に赤みを差している愛良、というわけなのだ。
朝の食事はもちろん食事全般はほぼ固定のメンバーが持ち回っており、その数少ないメンバーの中にいる愛良は、本日の朝食当番であり、出来上がりを健太郎に伝えに来ていた。
健太郎の部屋に向かう道すがら、彼女は昨夜歩美が滔々と伝えてきた内容——「夜這い」の行為を連想し、バクバクと高鳴る鼓動を抑えながら、彼の部屋を訪れればーーこの有様だった、というわけだ。
(ほ、本当に。本当に「やっちゃった」の彩海さん!? こ、こんなになるまで!?)
しかも、行為の相方であろう彩海とは、先ほど朝の挨拶をしたばかりだが、朝から溌溂としており、今までにないほどつやつやとしていたというのに。
——まるで何かを吸い取ったような。
しばらく陶然としていた愛良だったが、不意に目に映るひらひらとした動きに目を合わせると、それはいつの間にかうつ伏せたまま片手を辛うじて上げ、うなだれるように垂れ落ちた手首をぶらぶらしている健太郎の仕草だった。
「ごめん…今あんまり食欲ないから…君たちだけでとって…」
声からも全く精力を感じないかすれ声に、余計に心配になる愛良だったが、どう頑張っても食事をとる気力はなさそうに見えるので、せめて水でも持ってこようと踵を返すと、その背中に追いかけるように声がかかった。
「それに…たしか今日の朝は彩海さんがみんなに話をしたいと言ってたから…それに俺は立ち会えないんで、お気になさらず」
==
愛良がリビング+キッチンがつながったその部屋に戻ってくると、件(くだん)の彩海を囲むように、朝食の場が出来上がっていた。
優雅にコーヒーのような豆を焙煎された飲み物を口にする彩海の目の前には、歩美と、満と、流歌が、3人並び、同じように口をあんぐりと開け、同じように「まじかこいつ」という目を彩海に向けていた。
「た、堪能してきましたって…」
その3人の中でいち早く覚醒した流歌が、先ほど彩海が口にしたであろう一文をオウム返しに繰り返すと続けて「昨日の今日で、も、もう「致しちゃった」の?」と、うわごとのような問いかけを投げた。
対する彩海は——
「えぇ。とっても良かったわ♡」
と、にべもない。
というか、物凄い幸せそうな顔で自身の頬を撫で、たまに「いやんいやん」と身もだえている。
正直ちょっと大人びた高校生でも通用する彩海のその仕草は女性から見ても、状況が状況であれば「可愛い」と評したかもしれないが、「実績」が伴ったそれはもはや「淫靡」な何かだった。
「よかった…んだ「そうじゃあないでしょおおっ!?」」
うわごとの様な言葉を返す流歌の言葉を遮るように、次は歩美が覚醒したのか大声で叫び、流歌の顔を強引に横に押しのけ、彩海を問い詰める。
「は、話するんじゃなかったっけぇ彩ねぇ!?」
怒って興奮しており、また性的な話題に顔が熱くなるのを誤魔化したくもあり、完全に大人の女性を前にしているという緊張した心地もありでいったい今自分がどんな顔をしているのかわからなくなっている歩美だが、周りから見ても「あれはどんな感情から生まれた表情なのだろう」と首をかしげる顔に仕上がっていた。
しかし彩海は全く動じない。
「つい♪」嘘だ。初めから襲う気だった。
「あぁぁっぁぁぁ! もぉぉぉぉっ…うう…彩ねぇがそこまでアグレッシブな人だったなんて…」
とうとうどういう感情でいればもわからなくなった歩美は、すとんと椅子に座りこむとそのまま机に突っ伏した。
それに同情するような視線を向けた満は、しかし自分も他人ごとではなく、というより、彩海に問いかける役割が自分に回ってきていることに気付き「まじっすか…」とつぶやきながらも、頑張ってみる気にはなったのか、彩海に言葉を促した。
「えぇっと…つまり彩海姉さんは、ケンおじさんを説得できたってことっすか?」
頑張る気にはなったものの、話題が下の話題だけに、まだ恋愛という恋愛を経験したことのない満には刺激が強かったのか、顔を真っ赤に染めるのは止められない。
そんな初心(うぶ)な表情を目にした彩海は、昨夜の淫蕩な回想で悶えるをやめ、代わりに目の前の満の頭を撫でつける。
「えぇ♪ ケンさんには快諾頂いたわ」
そうニッコリといった彼女の言葉に、一同はホッとしつつも複雑な表情を浮かべる。
いつの間にか顔だけ上げていた歩美は複雑を通り越し、思い切り不機嫌な顔で「ふん」と鼻を鳴らす。
(なんだかんだ言って、あいつもやっぱり「男」だよね。こんな可愛いJKを目の前にして盛っちゃったってわけだ)
ここまでの短い生活の中、心に蓄積していた、健太郎への「安心感」が今、彼女たちの中で「男の獣性」に塗り替えられようとしている。そんな中。
「でも」
彼女たちの心情を見越す様に語り掛けたのは、やはり彩海だった。
「ケンさんには「条件」を付けられてるから、ちゃんと聞いてね」
その彩海の言葉を、健太郎へ再度芽生えた恐怖が彼女たちの理解を拒んでいたが、しばらくして落ち着いたのか、その言葉が心に落ちてきた。
「条…件?」
つぶやいたのは満だったか、歩美だったか。
澪はそんな中でも我関せずと、朝食のパンをハムハムと口にし、話題についていけないコニルは不思議そうな顔で一喜一憂する彼女たちを眺めていた。
そして、理解にまで至った彼女らは、それぞれが思い思いの感情を見せ始める。歩美は蔑み、愛良は青ざめ、満は不安そうな顔を。
脳裏に浮かぶのは、健太郎の今まで見たことのない――見せてこなかった下卑た笑み。
『一度で済むと思ってないだろうな?』
『お前らが欲しがってるんだろ? なんで「タダ」でやらせないといけないんだ?』
——男だったどころじゃない。人間として屑な可能性がないなんてなんで私たちは————っ
彼女たちがそれぞれ思っているであろう心のうちを悟りながら、それでも嬉しそうに、彩海は言葉をつづける。
「そう。
まず一つ、基本的に行為をするのは一人一回だけ。一度でも「処方」すれば、効果は出るはずだから」
「へ」
それは、
彼女達にとっては全く問題なく、というよりは、半数の女の子には「当たり前」だと思っていた。
でもそれは、彼女達の考えであって男からすれば、そうではないのだろうことは、何となく想像はしていたのだが。
(てっきり…させてやるから、治ってからも相手をしろとか、俺の女になれとか、そういう条件かと思ったのに…)
歩美は、拍子抜けしたような呆然とした顔で言葉を聞き、さらなる彩海の言葉で、それはだんだん驚きに代わっていく。
「二つ目、行為を終えたら、皆その事は忘れて、なかったことにして過ごすこと。話題にするのもできれば禁止」
それも、とてもありがたい条件だ。絶対に忘れることはできないが、「思い返してはいけない」というルールが「気にしないことが許される」という空気を作り守ってくれるだろう。
「最後、治ってからもいつ再発するかなんて恐怖で、なし崩しに関係を持たないように、契約を解除するための方法を模索することに協力すること。
どうせ最悪「もう一度」なんて考えないこと、だそうよ?」
…
「は?」
そう漏らしたのは歩美だったが、おおむね皆の心を吐露した形だった。
それは、なんといえばいいのだろう。
話し終え、にこにこと「期待通りの」顔をーー呆然とした表情を浮かべる彼女たちの顔を眺めていた彩海は、不意に自分の袖を引かれ、そちらをむく。
律だった。
あどけない顔で、びっくりした顔で、一言こういった。
「ケンちゃん。超紳士だね」
その一言で、茫然としていた彼女たちの頭が少し働き始めた。働き始めると、思いつくのはまず否定の言葉。
「………いや、紳士すぎるでしょ。
なんか言ってることが童貞臭いし、逆に下心が透けて見えるっていうか」
「あら」
ジト目で、ただ多少の後ろめたさを感じつつ呟く歩美に、彩海は一言。
「ケンさん、もう童貞さんじゃないわよ?」
(そこじゃねぇよ!)
皆心中で総突っ込みを入れるが、話題が話題だけに明言を避けた結果、リビングには沈黙が下りた。
とはいえ、その沈黙も何か負けたような気になったのか、歩美は明らかに無理やり口を動かす形で言葉を返す。
「いや、だから、ほら。
い、一回その、い、「致して」さ、ちょっと調子に乗っちゃってんじゃないの?
余裕? 見たいのが出て、今まで抑えられてた欲望が出てさ」
かなり早口に捲し上げるのがその証左か。
しかし、その内容については、不安を感じている多くの女性陣にとって、すっと心に入って「納得しやすい」ストーリーだったのか、愛良や満の顔色は段々暗くなっていった。
そんな彼女たちの暗いイメージを払しょくする一助を出す言葉は、意外にも彩海ではなく。
「それは、あまりに不義理な意見ではないでしょうか?」
今まで同席しつつも、一言も言葉を発さずお茶をちびちびと飲み続けていた澪だった。
「うぐっ………。
ど、どういうことよ、澪ちゃん」
正直を言えば。
発言した歩美は自分が話した言葉の内容をほぼ信じてはいなかった。売られてもない喧嘩を前のめりで買ったような心境で放った言葉に、主観性も、責任も正直持ち合わせていおらず、そんな状況に、多少の後ろめたさを持っていた。そんなところに、それを否定する言葉。
コレで指摘されたのが彩海であったり愛良であれば、これ幸いと言葉を引っ込めるだけで済んだのだが、今回の相手が年下の女の子であったのが、とてもよろしくない。
彼女はまた売られてもない何かを買ってしまう。
(あー! 年下の子にまで噛みつくって私どこまで落ちる気だーっ!)
「どういうといわれても」
対する澪は冷静の極み。
飲んでいたティーカップを机に静かに置くと、ちらと歩美を見据え言う。
「今までの彼の対応から見て、確かに性的な目で見られているのは確かですが、
こちらに気を遣い過ぎる程遣っているのは皆さんも感じているのでは?」
それは。
言われるまでもなかった。
そもそも出会いの時から、健太郎の気の遣いようは異常と言えるほど。
「年頃の女性が中年男性と一緒に住むことは抵抗があるだろうから」というだけで、自分の家だというのに、出ていくと宣ったり。
寝るときもそうだ。部屋は別とはいえ、近くに男性がいる状況では気になって寝れないだろうと、自身の部屋の出入り口に音の出る仕掛けを設け、わざわざ自分の行動を制限してみたり。
こちらがだいぶこの家にも慣れて、バカ騒ぎの果てにふざけて悲鳴を上げてしまったときも、血相を変えて「大丈夫か!?」と駆け付けられ、気まずくなってつい「大袈裟」と責めた時も、本当に申し訳なさそうに「すまん…」と返してきたり。
さぁ。
誰が「調子に乗っていて」。
誰が「欲望抑えられず、人の弱みに付け込んで人間の屑のような所業を行う」のか。
よく考えなくても、今までの健太郎を見ていて、彩海の言っていたことを言いそうな方と、欲望丸出しの方と、どちらがしっくり合うかなんて、わかりきっていたことだった。
それを尻目に、訳知り顔で「どうせ男なんて」調で恩知らずに喚いたのは誰だったろう。
「うっ………」
(はい。私です………)
年下の子に一言で言い負かされることもそうだが、自分の意見のあまりに恩知らずな内容に、本気で落ち込む歩美は、言葉も返せずうなだれてしまう。
それを見て、放っておけないのと、自身も同じ罪悪感を抱いていた愛良はたまらず代わりに言葉を紡ぐ。
「あ、わ、私も、歩美《ふーみ》と同じこと考えてたよ………。
不安な気持ちのままで、今までのことがすっぽり頭から抜けてた………。
そうだよね。そういう人じゃないって、もうわかるくらいには一緒にいるもんね」
という、反省の言葉には澪はきょとんとした顔で、
「え? いえ、そういう人じゃないかはまだわからないのでは?
普通に欲情はされている気はしますので、気の迷いはあっても不思議ではないと思います」
「え?」
「今までのことを無視して考えるのもおかしいと思いますが、
男性であることを無視することもないでしょう」
流れるような揺るぎない自己理論展開。
(この子本当に年下?)
唖然とする3人娘に、澪は特に頓着せず、元のティータイムに戻ってしまった。
そんな状況に、一先ずの区切りを見たのか、パンと柏手を打って彩海が「とにかく」と無理やり場を戻す。
「ケンさんの許可は頂いたけど、どうするかは急いで結論を出す必要はないわ。
むしろ「何かあっても大丈夫」っていう保証ができたんだから、落ち着いて考えて欲しいの」
それを横目で盗み見、一つため息を突いた澪は、律にジト目を向けて、告げる。
「律、やっぱりあなたも相手をしてもらうべきです。
あなた、そもそもあの男に好意を持っているのでしょう?」
そういい憤懣やるかたない表情を向けるが、律はそんな顔は見慣れているのか、むしろ飄々とした顔でにっこり笑い、それにこたえる。
「みっちゃんが一緒にやってくれるなら考えるよ?」
そんなあっけらかんとしたーー間違いなく了承しないであろうとわかっている言葉に、澪は一つ「…ありえないです。やっぱりお馬鹿さんですね…律は」とつぶやいた。
満も、歩美も、自身が心に思い描いていた健太郎像に恥ずかしくなり、また罪悪感を覚えうつむき、それでも歩美は最後まで認める気がないのか、無理やり作った不機嫌顔で皆から顔をそらした。
流歌は
「うーん。決めた。」
その大きくはないが、妙に響く声に皆が目を向け、流歌に注目した。
それに全く動じることもなく、流歌はあっさりといった。
「今日はあたしがオジさんに相手してもらう。なんか、そもそももう我慢できないし?」
それに、すでに「相手をしてもらう」ことを了承している女子達が動揺し、「え」という口の形で固まる。
「みんな、ごめんね。でも、どうしてもって子がいたら、出来れば私も一緒に「させて」ほしいな」
そういって手を合わせて顔の前で拝む彼女は、舌を出し茶目っ気たっぷりに笑うのだった。
「さて」
本日の「番」も決まり、するべき話もした。あとは——皆に了承をもらうだけ。
「みんな、この「条件」——守れる?」
そう告げられた彼女たちは、まだ「相手」に名乗り出ていない澪や律やコニル以外の女子達は、それぞれの表情で頷いて見せた。
ちなみにそれを聞いた彩海は。
「あ。私は一つ目の「一度のみ」は守らないのでごめんねー?」
「「「台無しだっ!?」」」
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そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
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