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1章
004.
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「何です」
--はっ、と。
健太郎が淫猥で蠱惑な夢から覚めた時には、澪がこちらに感情のない目を向けて話しかけてきていた。
いや、その声で現実に引き戻されたのだろう。
(一通り済まされる前に戻してほしかったな…)
なんて気分の悪い妄想をしてしまったのか。
今健太郎の心はどす黒く薄汚い感情が溶岩のようにぐつぐつ煮えたぎっていた。
何とか気持ちを落ち着かせようとするが、目の前にいる先ほどまで淫蕩な夢のヒロインを演じていた妹の存在が、感情のコントロールをさせてくれない。
「先ほどからこちらをじっとり見ていますが。不愉快なのでやめてくださいです」
そういう彼女の表情には、不愉快という感情も見当たらなかったが、向こうからすれば見知らぬ鼻息荒いおっさんに凝視され続けているという状況なので、さもありなんといったところか。
凝視している自覚はなかったものの、本人がそういうなら間違いはないのだろう。
ただーー
--さっきから、なんなんだ…久しぶりの若い女で興奮しているのはわかるが、度が過ぎてないか? 目に映る女全てに性的な欲望をぶつけて、挙句の果てには実の妹でレイプ妄想? 性癖が極まってるぞ。
「あ、いや…すまん。知り合いに似ていたもんで…」
「…はあ」
前世の後遺症から、普段からむらむらと性的欲求を持て余し気味ではあるが、ここまで弾けてはなかった筈だった。しかし今の健太郎は正に性の権化と呼ばれるに相応しい思考の持ち主となってしまっている。
「とにかく、やめてもらえればそれで結構です」
澪自身はそう言って留飲を下げてもらえたようだが、周りの女子からは再度「やはり危ない人間なのでは…?」疑惑が再浮上したのか、遠巻きに見る距離感に戻ってしまった。
直ちに冷静にならなければならない。
早い話萎えることを考えればいい。
よくある手で自分の母親の顔を思い浮かべるなどがあるが、もしそれで逆にいきり立とうものなら、しばらく立ち直れる自信がない。
妄想に興奮しているというなら、自分の抱いている妄想自体にケチをつけて、白けさせるのはどうだろうか。
例えばーー
通学路の裏路地って、自分が住んでたところはそこそこ活気ある町なので、女性の悲鳴なんか一発で通報されそうだけど、とかーー
多分場所的に計画的な所業ではなくて、衝動的な犯行だと思われるけど、あのしっかりした妹が、あんな暗がりに怪しい中年に連れ込まれるとか無理があるんじゃ、とかーー
処女だったのに、もう気持ちいいとか童貞臭い妄想ですね、とかーー
どんだけ汁気出してるんだ、童貞臭い、とかーー
思惑通り萎えはしたが、立ち直れない傷を負うことは避けられなかった。
急に項垂れ、近くに建っている自宅に引きこもろうと歩み始める健太郎に、流石にこの状況で放置されるのは勘弁願いたかったのか、健太郎に仮リーダー指定を受けていたJKが慌てて、彼を引き留める。
「ちょ、ちょっと待って!
こ、この子の言葉が気に障ったのなら謝りますから! 話をさせてもらえませんか!?」
そんな声かけに、不承不承振り返った健太郎は、最初から放置するつもりはなかったのか、ひとまず当初の予定通り、彼女たちの話を聞くことにした。
「…大丈夫。今のはただの自己嫌悪なので、そっちのお嬢さんは悪くない。
間違いなく悪いといえば、俺の方に決まっているさ」
そうして自分の非を認めることで、彼女らに「自分と同じ感覚を持った人物だ」と認識させることに成功した健太郎は、まだぎこちなくはあるが、会話をする空気を持つことができたようだった。
==
流石に立ちっぱなしで長話もなんだということで、彼女たちを一旦自宅前にある大きな切り株のテーブルに案内し、その周りに配置している丸太の椅子に座ってもらうことにした。
ちなみに、丸太の椅子は先ほどまではなかったがーー
「うっわー! すっごーい☆ 魔法だぁ!」
そう燥ぐ(はしゃぐ)小麦肌の金髪娘が言うように、「まるで魔法のように」地面から丸太が生えてきていた。
他の面々もこれには純粋に驚き、興奮を伴った視線で丸太が生える様子を見つめていた。
それをちょっとした優越気分で眺めている健太郎は、実際魔法を使ったわけではない。
そもそもそれを成したのは健太郎自身ではなくーー地の精霊の所業だった。
前々世で獲得していた精霊を使役する力は、管理者と会話した通り今回も引き継がれており、先ほども朝食の調理で、火の精霊に竈(かまど)の火をつけてもらうなど、日常生活の中で大いに貢献していた。
--まぁ、効果は見えるけど、実際精霊と呼ばれる何かが見えるわけではないがね。
その健太郎の言葉通り、健太郎も精霊の姿は見たことはない。ただ、心の中でお願いすると、その事象が発現することと、4属性ある精霊、火・水・風・地に該当する自然に対して失礼なことーー木を間違って無駄に燃やしてしまったりすると、その後地の精霊が言うことを聞いてくれなくなり、ジャパニーズ土下座で誠意を見せてやっと使えるようになった、というような人格みたいなものを感じるため、健太郎は彼らが存在していることを全く疑ってはいない。
--一度直に逢って見てみたいんだけどな。
そんなほっこりした願望を心にとめながら、彼女たちに種明かしをしようとーー
したところで、少女たちのうちの一人、澪がある一点を凝視し、呟いた。
「この、小さい子? あなたが丸太を生やしたのですか?」
それは、他の女性たちには通じないだろうセリフだったが、健太郎にはすぐに澪が見ているものに見当がついた。
「み、澪!? お、お前精霊が見えてるのか!?」
言ってから、それが失言だとすぐに気付いたが、後の祭りだ。
ただ、澪自身はどちらかというと「なぜ名前を知っているのか」よりは、「精霊」という単語が気になったようで。
「せい、れい? この子は精霊なんですか?」
そういう澪の頬には、気のせいか少し赤みがさしているように見える。
--可愛いもの好きは健在、か?
思えば死別してから4年も経ったのだ、それも多感な時期で性格が変わることの何が不思議なものか。こうやって変わらない根幹の部分を見せてもらったことで、完全に先ほどの妄想は空虚な想像だと思うことができそうだった。
「俺は見ることができないが、そうだろうな。今丸太を地面から生やしたのは同居人の地精霊だ」
妹に対する安心と、精霊の姿がどうやら小さな生物であることを知り、普段神様のように思っていた相手の思わぬギャップに自然顔がほころぶ。
健太郎のそんな自然な姿を、少し呆けたようにずっと見つめていた仮リーダーJKに、健太郎曰くの「エロJK」がそっと近づき、不意に後ろから頬をつつく。
「ひゃっ!?」
「なんだなんだー『あいらん』は年上好きかねー?」
にやにやとからかうエロJKに、言われた本人は、まるで図星を突かれたかのように目を見開き、顔を一気に紅潮させ、硬直する。
「…あれ…まじめに? 本質ついちゃった…?」
軽いじゃれあいのつもりだったが、まさかの本気性癖を暴露してしまったのかと、血の気まで引きながら呟く彼女に、『あいらん』と呼ばれた女子校生はようやっと反応し、手と首をぶんぶん振り否定する。
「ちがっ! 別に! だから! ちがくてっ!」だが言葉になってない言葉を必死に紡ぐその仕草が、より一層「本当のところ」を強調するようで、エロJKはもはや笑うしかない。
そのエロJKの肩を叩き、呆れたような視線とため息をつく健太郎曰くの「読モ女子」。
「るかぁ? 天然記念ピュアガールを揶揄(からか)わないの」
そう言われ、気まずい顔から取り繕うように微苦笑に切り替えたエロJKは、肩をすくめ「いや、つい?」と茶目っ気含みで言葉を零した。
流石JK。ほっておくとどうでもよい話題で延々と時間を潰せそうだな、と自覚なくおっさんの感想を独り言ちながら、健太郎は「さて」と意識してひときわ大きな声を出し、仕切り直しを宣言した。
「話を聞かせてもらっていいか?」
「まず、自己紹介からですよね。
私は阪和北高等学校2年の雨音(あまね) 愛良(あいら)です」
仮リーダーJK改め「愛良」は、先ほどまでの赤面を誤魔化す様に多少早口でそう捲し立てた。
まだ頬には赤みが残っており、なぜかこちらを見ず俯いて膝の上に両手を重ねて謎に前後に体を揺すっていた。おしっこだろうか。
健太郎としてはそうされると、自然中央に寄せられる両腕に大きなお乳が挟まれ、グラビアよろしく前にムニュッとはみ出すその艶姿(あですがた)を楽しめるので、ずっとそうしておいて欲しいと願った。
「その、さ、さっきの聞こえて…ました?」
だが期待は裏切られ、さっそく動きは止む。
しかし、そう小さく呟き、ちらとこちらを見上げる不安げな目をみれば、どうしようもなく保護欲が湧く。
「さっきの?「なんっでもないですっ!」」
--被せてくるなぁ…
まぁこれできっと「彼女の中では」誤魔化しきれた事になったはずなので、無粋に触れるのはやめようと心に誓い、それ以上言葉を紡ぐのが難しそうな彼女の代わりを目で探すと、自然一番年長者と思われるエロいおねぇさんと目が合った。
「…ふふ…なんですか?」
そんな声さえしどけなく濡れているように感じるのは、健太郎の妄想が酷いからなのか、彼女の淫靡な仕草のせいか。
知らず喉を鳴らす健太郎をよそに、微笑を絶やさない彼女は、口元を緩め、言葉を続けた。
「ごめんなさい。自己紹介でしたね。
私は見ての通り、みんなとは違って社会人をしておりました。
小鳥遊 彩海(あやみ)といいます。小さな花屋を経営してました」
学生ではないと思っていたが、まさかの経営者? この弾けるような艶肌で、30オーバーということはないだろうが、こんな店長の花屋がいれば間違いなく通い詰めてしまうだろう。
「…出来れば全員の自己紹介を聞く前に、ここに君たちが現れた経緯を教えてほしいんだが」
「そう、ですね」
健太郎の余裕のあまりない口ぶりの理由に『あたかも』心当たりがないように、不思議そうに首を傾げた後、すぐーー「くすり」と彩海は笑みを浮かべた。
「お互い、名前だけ聞いてもあまり安心出来そうにないですものね。
でもーー」
「?」
一つそう言って間を開ける彼女に、健太郎は一々同様しつつ、目線で先を促す。
それに、上気したように頬を紅潮させ、濡れた瞳を細めた彩海は、優しい笑みにどこか淫靡な雰囲気を纏わせながら、健太郎を見つめ、唇を一度「ちゅぱっ」と湿らせ、告げた。
「おじ様のお名前だけでも、先に教えてもらっていいですか?」
ーーそんなエロい言い方をする必要性が今あったろうか。
そんなおちゃらけを頭に浮かべながら、彼の顔にあったのは彩海の淫靡さに中てられた発奮寸前の表情だった。
それを自覚し、顔を両手で削り落とす様に摩る男の様子に、優しくも怪しい笑みを浮かべる彼女はずっと嬉しそうにしているようだった。
「あー…そうだな。うん。
俺の名前はーー」
…本名はまずいか?
そう不意に思い浮かべ、チラっと妹を視線に移す。
彼女は相変わらず精霊を眺めているらしく、丸太ではなく、その丸太の前でちょこんとうんこ座りをしている。その丸太の上に精霊がいるのだろうか。
ーーそれは兎も角。パンツ見えてるぞ…妹…
やっぱりというか、妄想とは違うシミ一つない純白なパンティが、ほっそりした太ももの奥からチラと覗いているのを眺めながら、なぜ彼女に正体を告げることにためらっているのか、自身の心境に問いかけた。
--あの妄想は行き過ぎだとしても、この性格の激変に自分が関係してない、とはまだ断言しにくい。自分が兄だとして、それを告げ衝撃を受けることを恐れている、とかか?
そんなことを考えつつ、すぐにそうではないことに思い当たった。
そして、『もう一人』の顔見知りを見る。
その「小麦肌の金髪娘」は、ずっと何が面白いのか、にこにこと落ち着きがない。
--こっちは妹以上に、元気そうにやっているのに安心するな。
だからこそ、それを曇らせる要因であろう自分の名前を明かす気になれない。
前に見た時より胸が膨らんでいるようだが、もう教師からのセクハラは受けてないのだろうか。
彼女はーー健太郎が一度目の死を迎えたきっかけになった自殺騒動の少女だった。
流石に、この少女の前で何の心の準備もなく名前を告げるのは無神経が過ぎると考え、だが完全な偽名を名乗るのも憚れたので、この世界に来てから頻繁に呼ばれていた名前を名乗ることにした。
「ケン。ケンと呼ばれているのでそう呼んでもらえればいい」
--はっ、と。
健太郎が淫猥で蠱惑な夢から覚めた時には、澪がこちらに感情のない目を向けて話しかけてきていた。
いや、その声で現実に引き戻されたのだろう。
(一通り済まされる前に戻してほしかったな…)
なんて気分の悪い妄想をしてしまったのか。
今健太郎の心はどす黒く薄汚い感情が溶岩のようにぐつぐつ煮えたぎっていた。
何とか気持ちを落ち着かせようとするが、目の前にいる先ほどまで淫蕩な夢のヒロインを演じていた妹の存在が、感情のコントロールをさせてくれない。
「先ほどからこちらをじっとり見ていますが。不愉快なのでやめてくださいです」
そういう彼女の表情には、不愉快という感情も見当たらなかったが、向こうからすれば見知らぬ鼻息荒いおっさんに凝視され続けているという状況なので、さもありなんといったところか。
凝視している自覚はなかったものの、本人がそういうなら間違いはないのだろう。
ただーー
--さっきから、なんなんだ…久しぶりの若い女で興奮しているのはわかるが、度が過ぎてないか? 目に映る女全てに性的な欲望をぶつけて、挙句の果てには実の妹でレイプ妄想? 性癖が極まってるぞ。
「あ、いや…すまん。知り合いに似ていたもんで…」
「…はあ」
前世の後遺症から、普段からむらむらと性的欲求を持て余し気味ではあるが、ここまで弾けてはなかった筈だった。しかし今の健太郎は正に性の権化と呼ばれるに相応しい思考の持ち主となってしまっている。
「とにかく、やめてもらえればそれで結構です」
澪自身はそう言って留飲を下げてもらえたようだが、周りの女子からは再度「やはり危ない人間なのでは…?」疑惑が再浮上したのか、遠巻きに見る距離感に戻ってしまった。
直ちに冷静にならなければならない。
早い話萎えることを考えればいい。
よくある手で自分の母親の顔を思い浮かべるなどがあるが、もしそれで逆にいきり立とうものなら、しばらく立ち直れる自信がない。
妄想に興奮しているというなら、自分の抱いている妄想自体にケチをつけて、白けさせるのはどうだろうか。
例えばーー
通学路の裏路地って、自分が住んでたところはそこそこ活気ある町なので、女性の悲鳴なんか一発で通報されそうだけど、とかーー
多分場所的に計画的な所業ではなくて、衝動的な犯行だと思われるけど、あのしっかりした妹が、あんな暗がりに怪しい中年に連れ込まれるとか無理があるんじゃ、とかーー
処女だったのに、もう気持ちいいとか童貞臭い妄想ですね、とかーー
どんだけ汁気出してるんだ、童貞臭い、とかーー
思惑通り萎えはしたが、立ち直れない傷を負うことは避けられなかった。
急に項垂れ、近くに建っている自宅に引きこもろうと歩み始める健太郎に、流石にこの状況で放置されるのは勘弁願いたかったのか、健太郎に仮リーダー指定を受けていたJKが慌てて、彼を引き留める。
「ちょ、ちょっと待って!
こ、この子の言葉が気に障ったのなら謝りますから! 話をさせてもらえませんか!?」
そんな声かけに、不承不承振り返った健太郎は、最初から放置するつもりはなかったのか、ひとまず当初の予定通り、彼女たちの話を聞くことにした。
「…大丈夫。今のはただの自己嫌悪なので、そっちのお嬢さんは悪くない。
間違いなく悪いといえば、俺の方に決まっているさ」
そうして自分の非を認めることで、彼女らに「自分と同じ感覚を持った人物だ」と認識させることに成功した健太郎は、まだぎこちなくはあるが、会話をする空気を持つことができたようだった。
==
流石に立ちっぱなしで長話もなんだということで、彼女たちを一旦自宅前にある大きな切り株のテーブルに案内し、その周りに配置している丸太の椅子に座ってもらうことにした。
ちなみに、丸太の椅子は先ほどまではなかったがーー
「うっわー! すっごーい☆ 魔法だぁ!」
そう燥ぐ(はしゃぐ)小麦肌の金髪娘が言うように、「まるで魔法のように」地面から丸太が生えてきていた。
他の面々もこれには純粋に驚き、興奮を伴った視線で丸太が生える様子を見つめていた。
それをちょっとした優越気分で眺めている健太郎は、実際魔法を使ったわけではない。
そもそもそれを成したのは健太郎自身ではなくーー地の精霊の所業だった。
前々世で獲得していた精霊を使役する力は、管理者と会話した通り今回も引き継がれており、先ほども朝食の調理で、火の精霊に竈(かまど)の火をつけてもらうなど、日常生活の中で大いに貢献していた。
--まぁ、効果は見えるけど、実際精霊と呼ばれる何かが見えるわけではないがね。
その健太郎の言葉通り、健太郎も精霊の姿は見たことはない。ただ、心の中でお願いすると、その事象が発現することと、4属性ある精霊、火・水・風・地に該当する自然に対して失礼なことーー木を間違って無駄に燃やしてしまったりすると、その後地の精霊が言うことを聞いてくれなくなり、ジャパニーズ土下座で誠意を見せてやっと使えるようになった、というような人格みたいなものを感じるため、健太郎は彼らが存在していることを全く疑ってはいない。
--一度直に逢って見てみたいんだけどな。
そんなほっこりした願望を心にとめながら、彼女たちに種明かしをしようとーー
したところで、少女たちのうちの一人、澪がある一点を凝視し、呟いた。
「この、小さい子? あなたが丸太を生やしたのですか?」
それは、他の女性たちには通じないだろうセリフだったが、健太郎にはすぐに澪が見ているものに見当がついた。
「み、澪!? お、お前精霊が見えてるのか!?」
言ってから、それが失言だとすぐに気付いたが、後の祭りだ。
ただ、澪自身はどちらかというと「なぜ名前を知っているのか」よりは、「精霊」という単語が気になったようで。
「せい、れい? この子は精霊なんですか?」
そういう澪の頬には、気のせいか少し赤みがさしているように見える。
--可愛いもの好きは健在、か?
思えば死別してから4年も経ったのだ、それも多感な時期で性格が変わることの何が不思議なものか。こうやって変わらない根幹の部分を見せてもらったことで、完全に先ほどの妄想は空虚な想像だと思うことができそうだった。
「俺は見ることができないが、そうだろうな。今丸太を地面から生やしたのは同居人の地精霊だ」
妹に対する安心と、精霊の姿がどうやら小さな生物であることを知り、普段神様のように思っていた相手の思わぬギャップに自然顔がほころぶ。
健太郎のそんな自然な姿を、少し呆けたようにずっと見つめていた仮リーダーJKに、健太郎曰くの「エロJK」がそっと近づき、不意に後ろから頬をつつく。
「ひゃっ!?」
「なんだなんだー『あいらん』は年上好きかねー?」
にやにやとからかうエロJKに、言われた本人は、まるで図星を突かれたかのように目を見開き、顔を一気に紅潮させ、硬直する。
「…あれ…まじめに? 本質ついちゃった…?」
軽いじゃれあいのつもりだったが、まさかの本気性癖を暴露してしまったのかと、血の気まで引きながら呟く彼女に、『あいらん』と呼ばれた女子校生はようやっと反応し、手と首をぶんぶん振り否定する。
「ちがっ! 別に! だから! ちがくてっ!」だが言葉になってない言葉を必死に紡ぐその仕草が、より一層「本当のところ」を強調するようで、エロJKはもはや笑うしかない。
そのエロJKの肩を叩き、呆れたような視線とため息をつく健太郎曰くの「読モ女子」。
「るかぁ? 天然記念ピュアガールを揶揄(からか)わないの」
そう言われ、気まずい顔から取り繕うように微苦笑に切り替えたエロJKは、肩をすくめ「いや、つい?」と茶目っ気含みで言葉を零した。
流石JK。ほっておくとどうでもよい話題で延々と時間を潰せそうだな、と自覚なくおっさんの感想を独り言ちながら、健太郎は「さて」と意識してひときわ大きな声を出し、仕切り直しを宣言した。
「話を聞かせてもらっていいか?」
「まず、自己紹介からですよね。
私は阪和北高等学校2年の雨音(あまね) 愛良(あいら)です」
仮リーダーJK改め「愛良」は、先ほどまでの赤面を誤魔化す様に多少早口でそう捲し立てた。
まだ頬には赤みが残っており、なぜかこちらを見ず俯いて膝の上に両手を重ねて謎に前後に体を揺すっていた。おしっこだろうか。
健太郎としてはそうされると、自然中央に寄せられる両腕に大きなお乳が挟まれ、グラビアよろしく前にムニュッとはみ出すその艶姿(あですがた)を楽しめるので、ずっとそうしておいて欲しいと願った。
「その、さ、さっきの聞こえて…ました?」
だが期待は裏切られ、さっそく動きは止む。
しかし、そう小さく呟き、ちらとこちらを見上げる不安げな目をみれば、どうしようもなく保護欲が湧く。
「さっきの?「なんっでもないですっ!」」
--被せてくるなぁ…
まぁこれできっと「彼女の中では」誤魔化しきれた事になったはずなので、無粋に触れるのはやめようと心に誓い、それ以上言葉を紡ぐのが難しそうな彼女の代わりを目で探すと、自然一番年長者と思われるエロいおねぇさんと目が合った。
「…ふふ…なんですか?」
そんな声さえしどけなく濡れているように感じるのは、健太郎の妄想が酷いからなのか、彼女の淫靡な仕草のせいか。
知らず喉を鳴らす健太郎をよそに、微笑を絶やさない彼女は、口元を緩め、言葉を続けた。
「ごめんなさい。自己紹介でしたね。
私は見ての通り、みんなとは違って社会人をしておりました。
小鳥遊 彩海(あやみ)といいます。小さな花屋を経営してました」
学生ではないと思っていたが、まさかの経営者? この弾けるような艶肌で、30オーバーということはないだろうが、こんな店長の花屋がいれば間違いなく通い詰めてしまうだろう。
「…出来れば全員の自己紹介を聞く前に、ここに君たちが現れた経緯を教えてほしいんだが」
「そう、ですね」
健太郎の余裕のあまりない口ぶりの理由に『あたかも』心当たりがないように、不思議そうに首を傾げた後、すぐーー「くすり」と彩海は笑みを浮かべた。
「お互い、名前だけ聞いてもあまり安心出来そうにないですものね。
でもーー」
「?」
一つそう言って間を開ける彼女に、健太郎は一々同様しつつ、目線で先を促す。
それに、上気したように頬を紅潮させ、濡れた瞳を細めた彩海は、優しい笑みにどこか淫靡な雰囲気を纏わせながら、健太郎を見つめ、唇を一度「ちゅぱっ」と湿らせ、告げた。
「おじ様のお名前だけでも、先に教えてもらっていいですか?」
ーーそんなエロい言い方をする必要性が今あったろうか。
そんなおちゃらけを頭に浮かべながら、彼の顔にあったのは彩海の淫靡さに中てられた発奮寸前の表情だった。
それを自覚し、顔を両手で削り落とす様に摩る男の様子に、優しくも怪しい笑みを浮かべる彼女はずっと嬉しそうにしているようだった。
「あー…そうだな。うん。
俺の名前はーー」
…本名はまずいか?
そう不意に思い浮かべ、チラっと妹を視線に移す。
彼女は相変わらず精霊を眺めているらしく、丸太ではなく、その丸太の前でちょこんとうんこ座りをしている。その丸太の上に精霊がいるのだろうか。
ーーそれは兎も角。パンツ見えてるぞ…妹…
やっぱりというか、妄想とは違うシミ一つない純白なパンティが、ほっそりした太ももの奥からチラと覗いているのを眺めながら、なぜ彼女に正体を告げることにためらっているのか、自身の心境に問いかけた。
--あの妄想は行き過ぎだとしても、この性格の激変に自分が関係してない、とはまだ断言しにくい。自分が兄だとして、それを告げ衝撃を受けることを恐れている、とかか?
そんなことを考えつつ、すぐにそうではないことに思い当たった。
そして、『もう一人』の顔見知りを見る。
その「小麦肌の金髪娘」は、ずっと何が面白いのか、にこにこと落ち着きがない。
--こっちは妹以上に、元気そうにやっているのに安心するな。
だからこそ、それを曇らせる要因であろう自分の名前を明かす気になれない。
前に見た時より胸が膨らんでいるようだが、もう教師からのセクハラは受けてないのだろうか。
彼女はーー健太郎が一度目の死を迎えたきっかけになった自殺騒動の少女だった。
流石に、この少女の前で何の心の準備もなく名前を告げるのは無神経が過ぎると考え、だが完全な偽名を名乗るのも憚れたので、この世界に来てから頻繁に呼ばれていた名前を名乗ることにした。
「ケン。ケンと呼ばれているのでそう呼んでもらえればいい」
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