頑張る中年は転生を繰り返す

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1章

001.

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「女の子にスケベなことしたいなぁーっ!」
 気持ちのいい朝日を前に、寝起きの薄ボンヤリした意識諸共吐き出したその絶叫。
 性欲の塊を、きっとお日様なら広い心で受け止めてくれると信じ、あらん限りの声音を山の頂上近くの丘でぶっ放した後、彼ーー『相良 健太郎』は、心身ともにすっきりした顔で、同じ丘にある自宅の中に戻っていった。

 彼は色々と溜め込んでいた。
 一年くらい独りやもめの暮らしを続けていたツケか、そろそろ自家発電もパターン化され尽き、限界を感じている、性欲のこと。
 性欲処理と同じく、自家発電もとい自家栽培で食いつないでいる、代わり映えしない草と豆で彩られる、食卓のメニューの寂しさのこと。
 今までいろいろ頑張ってきているのに、報いが恐ろしくない、自分の人生に対する憤りのこと。

 全部、全部、ぜーんぶ。
「嫁さんさえいれば解決するのになぁーっ!」
 先ほどお日様が吸収してくれた分では吸収しきれかなかった残尿のようなしこりが、朝食の豆スープをこしらえている最中の健太郎の口から漏れ出た。
 もう『しこり』という単語さえ、下ネタにしか見えなくなるほどの欲求不満が、彼を苛んでいた。

 相良 健太郎。38歳。お察しの通り独身。彼女いない歴の項目には「年齢を参照」と記載あり。
 ーー違うんだ。一度もそういう縁がなかったわけじゃないんだ…。何回か、そうなってもおかしくない状況になったんだが、何でかそういう仲に発展しないだけなんだ。
 人はそれを「縁がない」と呼ぶが、彼には納得感がない。
「元の世界だと、妹だな。あの女子が何やら動き回って『そういう』芽を潰し回っていた、と友人から聞いたときは、ユダどころじゃない裏切りを感じたもんだが…」
 そしてお仕置きと称してお尻ぺんぺんしてもーーあの子はなぜか喜んでしまうので、処罰の扱いにも困ったもんだ。

 元の世界。
 そう、彼は今いる「世界596号」という身も蓋もない名前の世界「ではない」別の世界にいたことがある。
 そこは、地球と呼ばれる星の日本という国がある世界。とは言えそこも「世界1061号」という名前が付けられているのだが。
 つまり彼、健太郎は異世界トラベラー。さらにいえば泣く子も黙る元勇者様である。
 ちなみに、今は色々あって勇者ではない別の人間として生きている。

「勇者の時だって、魔王を倒したら姫様が嫁さんになるはずだったし、魔王退治の仲間だった奴ともいい雰囲気だったのになぁ!」
 竈(かまど)に目を向けると、火が「ボッ」と灯り、それを見計らっていたように、手慣れた手つきでフライパンに花の油をたらす。数種のスパイスと草ーーざっくり切ったホウレ草と豆ーー皮をむいたインゲ豆を投げるように放り込み、たまに手首にスナップをかけながら炒めていく。
「魔王倒すのに、勇者の命がいるって詐欺じゃね!? 絶対王様知っててあんな婚約話持って来たんだろ!」
 とはいえ、あのままだと仲間を含む大勢の人間が自分の代わりに死んでいたはずなので、どちらにしろ背に腹は代えられなかったわけだが。
「絶対あんときの仲間の女戦士、俺に惚れてたのにーっ! 『この戦いが終わったらその晩を待たず抱いてほしい』まで言われてたのにーっ!」
 一時はその仲間さえ疑い掛けたものだが、勇者の命の代償が必要と言われたときのあいつの第一声が「この世界じゃない人間に頼ったツケが回ってきたんだ。ケンがそんなことをする必要はない。私達で何とかする、逃げろ!」と言われたときは、思わず抱きしめて泣いてしまったことを思い出す。
 そんな仲間を見殺しにできず。結局人身御供よろしく魔王を封印しーー結局倒すこともできなかったーー2度目の人生に幕を下ろした。

 2度目。
 おそらく多くの諸兄がここまで読み、理解に及んだと思うが、1度目は地球で命を落としていた。
 つまり彼は「転生」で異世界に渡るに至ったのだ。
 そちらもそれなりに酷い話だった。
 妹が生まれた直後に離婚した迷惑な親の代わりに妹を養い始めたのが、高校生2年のころ。
 -ー高校生の子供がいるのに元気な親だなとか、なんで学生の俺が養わないといけないのかとか、色々思うところはある。
 そのうち後者はすでに知れたところ。親父が、妊娠中におふくろとの行為を差し控えていたのだが、息子(股の間の愚息の方で、健太郎のことではない)の方は差し控えられなかったらしく、毎晩のように会社の部下の女の子に、ずっこんばっこんしてたら出来ちゃって、そのまま責任を取る形で蒸発。
 それがショックで母は子育てどころではなく、結果ネグレト状況が完成。いや、完成しつつあった。
 そんな状況を見て見ぬ振りもできず、健太郎は高校を中退し、妹を養うため、働きに出てその状況を回避したというわけだ。
 そんな妹が中学に入り、身贔屓抜きで偉い美少女が出来上がったなと、いつか来る彼氏との対決に戦々恐々していたある日、彼女の通う中学に授業参観で赴くと、やおら立ち上がった自殺騒動--それに健太郎は巻き込まれた。

 自殺騒動、正しくは、自殺を声高に叫ぶ女子生徒が、屋上で飛び降りを宣言し、警察までくる事態になった、というだけだが。
 健太郎は偶々(たまたま)トイレを探して迷子になってしまい、屋上が騒がしいので、その現場に居合わせることになってしまった。
 その彼女(妹ではない)曰く、同じく屋上に居合わせている教師に日常的に胸を揉まれる、食堂などで隣に座られ太ももを際どいデリケートな部分まで擦ってくる、といったセクハラを受けており、それを苦に自殺してやる、とのたまうのである。
 見れば、艶やかな金髪で肌は綺麗な小麦色、小柄ながら中学生とは思えぬ豊満なおっぱいをこさえている彼女に、健太郎は少しだけ教師に羨望の視線を向けた後、彼女を引き留めようとしたところ、全く予想外の展開が待ち受けていた。
 なんと教師が、事態をもみ消そうと、彼女がセクハラを声高に警察にチクる前に死んでもらわんがため、屋上の端に立っていた彼女を押し出そうとしたのだ。
 彼女に声をかける姿勢だった健太郎は、若干無理な姿勢になることは承知で、彼女を建物の内側に引っぱりーー
 その反動で、入れ替わるように彼女のいたところへ健太郎が移動したところにーー

 ドンッ。

 幸いなことに、落下中に気を失い死の痛みや衝撃は感じなかった。
 若干ブラコン気味の妹を置いて逝ってしまったことに心残りがないではないが、その頃には立派に「兄さんと洗濯物を一緒にしないで」とのたまっていたので、後追いする心配はなさそうだ。ーーふふ。立派になって。兄さん文字通り草葉の陰で泣いちゃう。
 割と高額な保険金も入るはずだし、妹の学費は大学進学も含めすでに貯蓄は済んでいた。彼女が成人し、自分で食い扶持を稼ぐ頃までは、多少贅沢しても持つだろう。
 ーーあの性格だしお袋には頼らないだろうからな。
 どっちかというと、保険金とかを母親がちょろまかさないかだけ心配だが、それも対策してあるし、『あの妹』がそれを許すはずもない。そこは健太郎も信頼している。

 そんなわけで天に召された健太郎だが、まだ彼の物語は幕を降ろさなかった。
 
「あなたはこの世界でもトップレベルの『徳』を積みました。
 新たな神として生まれ変わるか、別世界で新しい生を生きることができます。」

 そう告げてきたのが、健太郎が住んでいた世界を含め、1号から1万号までの世界を管理する「管理者」と呼ばれる存在だった。
 健太郎には、ギリシャ神話のアテネのような出で立ちの美人のお姉さんに見えるが、それは単に健太郎の中のイメージ映像らしい。そもそも神とも違うらしいが、よくわからない。
 
「あなたに分かりやすく言うと、生きている間、いいことをやり続けて経験値がたまって、一般人からLvアップできるようになったということです」
「…一般人の次ってもう神様なの?」
 天使とか、熾天使とかそういう段階は踏む必要がないのか気になった。
「人と神にそれ程の乖離はありませんよ。認識レベルが数次元上がりますが、それだけです。思考などもそれほど変わりませんね。ああ、産めや増やせやという種の保存からくる欲求からは解放されます。縁側のおじいちゃんのような暮らしが永遠続くことを苦に思わなくなるのです」
 ーーそれは嫌だな。
 まだ健太郎は童貞だ。いつかそういう次元にチャレンジするとしても、もう少しその辺の酸いや甘いを味わってからにしたいというのが人情というもの。
 ーー親父ばっかりずるい。俺もずっこんばっこんしたい。
「わかりました。では少し人間自体のLvを上げて別世界で生まれ変わってください」
「えーと…元の日本で生き返るってわけにはいかないのか?」
「それは無理です。あなたのいる世界は基本「蘇生」が許可されていません。
 今から行っていただく世界は「蘇生」も「転生」も許されています。
 元の世界でも、「輪廻転生」は存在しますが、赤ん坊から、記憶リセットでやり直します?
 その場合、人類かどうかもわかりませんが。というか、たぶん何らかの精子の一つとして生まれて、成就しないまま死滅する可能性が99.9999999999999999%ですけど」
 長々とお前は元の世界に復活できないと言われてしまい。ぐうの音も出せなくなったところで、光の道を腕の一振りで作り出し、この先が異世界につながっていると告げられる。
「今回付与する能力は「勇者」スキルです。
 文字通り勇者に備わる力、魔力、あらゆるステータスが常人と比較できないレベルに引き上げられます」
 去り際に、さらっとそう伝えられ、「あれ、それって漏れなく魔王と戦えって言ってない?」と聞き返す間もなく、光に包まれ、気付けば一度目の転生が完了し、異世界の森の中に立ちすくんでいた。

==

「あれもなぁ…美形に生まれ変わるのかと思ったら、元のまんまでやんの。
 この顔で勇者すんの? って今思うと見当違いのことを真剣に悩んでたよなぁ」
 つらつらと「最初の」転生を回想しながら、油を纏い鈍色にてらてらと光る草と豆をサッと取り皿に移し、着ていたエプロンをキッチンの入り口にかけながら、朝食の載った取り皿を片手で掴み、ダイニングに移動する。
 ダイニングいうと大袈裟に聞こえるが、必要最低限食事のできる家具のみ置かれた、キッチンと地続きのスペースの部屋というだけだ。
 そこにある木の机に年季の入った布を敷いて、その上に取り皿をセットした。
「いただきます」
 この世界で食事の前にこんなことを言うのは自分と、前の自分に縁のある数人だけだろうな、と回想の残滓に囚われながら、毎度おなじみの豆を口に運んだ。

 今、健太郎は実に「3回」の転生を経験している。
 一度目は先ほど述べた、地球からの勇者としての転生。その人生も魔王の封印の人身御供で終了。
 二度目は、魔王を封印した人身御供の「徳」が強烈に効き、2年ほどしか生きなかったが、再度神になるか「転生」するかの選択を迫られ、魔王ももういないだろうからと、再度同じ世界での「転生」を選んだ。
 ちなみに、「蘇生」もこの世界では基本許されていたはずだが、「人身御供」の関係上選択できなかった。
 健太郎も一度目で学んだのか、もらえる力を確認し、「勇者」みたいな魔王と戦うような使命付きの力は御免被ると告げ、この時は「精霊」を使役する力をもらうことになった。
「…また展開によってはきな臭いことに巻き込まれそうな能力だけども…これがすごい稀少な能力で狙われるとかないの?」
「稀少は稀少ですが、何かを討伐するには向きませんので、荒事には巻き込まれませんよ。これから平和に暮らしたいという健太郎さんのために、家事をとても楽にしてくれるサポートをする精霊を呼べるだけですので」
 その時は、なるほど、そんな家事手伝い能力を息巻いて奪いに来る輩もいるまいと納得し、健太郎は二度目の転生と相成ったのだが。
 --まさか、一度目の転生でもらった力は2度目の転生でも引き継がれるとも知らず。

 そして、三度目の人生はさらに短く一年で終わりを告げることにーー
「おいっ!」
 三度管理者の前に現れた健太郎は、開口一発そう怒鳴った。
「あらあらどうしました」
「急に『あらあらまぁまぁ』キャラに変えるなっ! 何で勇者スキルが残っていることを言わなかった!」
「聞かれなかったので」
「むきーっ!」
 そんなわけで、三度目の生もなんだかんだで世界を救う展開となり、また徳を積んだ次第だ。

「勇者スキルは封印! 精霊は、まぁ本当に便利だったからもらっとく。
 次のスキルは!?」
 だんだん進行に手慣れてきた健太郎を「汚れちゃったのね…」なんてつぶやきそうな憐みの視線で眺める管理者は、魔王にさえ使わなかった最後の勇者スキルで滅ぼされそうになったので、三度目となる能力の内容を告げた。
「農家、薬師、漁師、コック、画家の5点セットの才能(スキル)付与、か」
 段々、もらえる内容がしょぼくなってきている気がしたが、おそらくそれを健太郎が望んでいることを察したのだろう。内容も、次健太郎がどう生きようとも応用の利くスキルのようだ。
 内容に問題ないことを確認すると、最後に健太郎は管理者に問いかけた。
「この世界、もう世界的危機とか訪れないだろうな」
「さすがに、こう立て続けに起きてすぐにというのは、世界の理自体を壊しますので。
 おきそうになっても私の方で潰しときますよ」
 という、お墨付きをもらって、やっと三度目の転生に旅立ったのだった。

「まぁ、健太郎さんが望めばいつでも勇者スキルの封印は解けますけどね」

 そんなことはやっぱり知らないまま。
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