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第1章 魔法を極めた王、異世界に行く

1:転生魔術

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 この世界では全てを手に入れた。
 ありとあらゆる魔法を極め、ありとあらゆる財宝をかき集め、ありとあらゆる人間は俺にひざまついた。

「……」

 この城もそうだ。
 煌びやかな装飾、無駄に広い玉座の間、長い廊下と何十人と泊まることのできる部屋たち。
 しかしここに住んでいるのは俺だけだ。

「……ふぅ」

 世界を統一し、これ以上この世界で学ぶことはない。
 俺が全てにおいて絶対的な存在になった。
 だが、それでも俺は満たされていない。もっと……もっと欲しい。
 人間の欲とは無限に存在し、満たされるのはごく一部の人間だけ。
 俺は何をしても満たされない。魔法を極めた時も、世界を掌握した時も。
 いや、面白いおもちゃを手に入れた時は少し満たされたか。

「さて、どうするかな……」

 誰にも聞かれていない呟きが空中に霧散する。何日も同じ光景、同じ場所へ向かっても変化などない。
 この世を掌握したとしても、別に面白い事など何もなかった。
 むしろ血で血を争う戦争の時が一番生き生きとしていたかもしれない。
 ライバルと呼ばれる存在や、俺と同等の能力を持つ敵部隊。
 どうやって壊滅させるか毎日悩んでいた。

「……つまらん」

 そうだ。それも終わってしまった今となってはただ虚しいだけ。俺が全ての頂点に君臨したとしても、誰もいないのでは意味がない。
 今では俺の寝首をかこうとするような気概のある人間もいなくなった。
 この世界の魔法を完全に極めた時に不老不死となった俺は睡眠も食事も必要なくなってはいるが、話し相手すらいないのはつまらないものだ。

 ……ん? そうか、おもちゃがいるじゃないか。
 この世界にはもう未練など何もない。それならば新しい世界に行けばいい。
 確かあいつなら他の世界も知っているだろう。

 俺は目を瞑り精神を集中させると、おもちゃの場所への道を開いた。


 ◇


 この場所に来るのも久々だ。
 ここに置いてある本棚をほぼ読破してからは来なくなって久しい。
 すぐ目の前にはお菓子を頬張る駄女神がいる。そう、こいつが面白いおもちゃだ。こいつは女神としての自覚などほとんどないのだろう。その証拠に俺がこうして侵入しても警戒など一切してないのだ。
 その分俺がここの本を全て読破するに至ったわけだが。

 まぁいい。
 こいつは世界の創造と管理を任されており、一度俺に文句を言いに来たことがある。勇者と呼ばれる異世界の住人を召喚し、俺に襲わせたのもこいつだ。
 もちろん全て返り討ちにしてやった。そしてこの女にきつーく説教もしてやったんだった。
 だが異世界の勇者との戦いは面白かったからな。定期的に召喚させてたんだが、ある日もう召喚は出来ないと言い始めた。
 俺が成長し続け、召喚された勇者も即消滅させてしまうためだ。
 そらそうだろう。世界の知識が詰まった本棚を全て読破し、俺のオリジナルへと昇華もさせた。まぁあの世界では体験できない事もしばしばあったが……。
 もう召喚ができないとのたまった女神に俺はある約束をした。もし俺がこの世界に飽きたら、他の世界を紹介しろ……と。

「おい」
「ひゃぁぁ!! はいっ!!」

 振り向いた女神の口の周りにはお菓子のカスが大量に付いている。俺が急に来るとは思わなかったのだろう。俺の顔を見るなり目を見開いている。

「おい駄女神。約束を果たしてもらいに来たぞ?」
「えっ……ふぇっ??」

 まだ頭が追いついていないのか、変な言葉で返答してくる女神。とりあえず口の中のお菓子を全て飲み込ませ、もう一度俺は口を開いた。

「約束を果たしてもらいに来たんだ。俺はあの世界に飽きた。だから次の面白い世界を用意しろ。俺がそこに転生する」
「えーっと……えぇ……その、急に言われても……」

 女神が俺に説明を始めた。どうやら、本来の転生とは死んだ人間の魂だけが転生することが出来るらしい。
 今まで習得した技術や魔法は全て女神が忘れさせ、次の人生に必要なスキルを与える。
 徳を積んだ人間だけが転生する権利があるそうで、この世界で残虐非道を繰り返した俺には権利がないそうだ。
 ふむ、それは少しおかしいな。俺は自分に降りかかる火の粉を払ったに過ぎない。やり過ぎたかもしれないが、そんな残虐非道とまで言われる筋合いはないのだ。

 さらに死んでない人間では、それこそ全ての魔力と体力を消費する転生魔法でも使わなければ他の世界には行けないらしく、俺には無理だと言い切られた。
 だが、その程度は造作もない。

「ふむ、なら大丈夫だな。俺は全ての魔法を極めた魔法王だぞ?」
「えっ? いや魔法王ってかまるで悪魔のような魔王ってゆーか……」
「あ゛?」
「いえなんでもないです」

 さらに女神が続ける。
 前に約束したのは覚えているが、今用意できる場所は、今までの世界と違って魔物や魔獣が蔓延っているらしい。
 人間だけではなく、獣人と呼ばれる亜人間や魔族などもいて大変危険な区域だそうだ。
 もし転生したとしても、全ての魔力と体力を消費した状態では最初の魔獣に殺されるのが関の山だとか。

「ふむ、ならその世界にしろ。楽しそうじゃないか」
「そうですよねぇ。さすがにそんな危険な世界には……えっ?」

 命のやりとり……いいじゃないか。それこそ俺が求めていた生きる意味だ。
 あのまま朽ちずに何をするわけでもなくぼーっとしてるだけではつまらん。それならいっそ、生きるか死ぬかの瀬戸際を楽しむのも余興。
 それに俺が知らない民族や魔物などもいるのだろう? 心が踊らないわけがない。
 もしかすれば、俺が知らない魔法があってもおかしくないではないか。

「よし、すぐに転生する。世界座標をよこせ」
「えっ!? な、なんでそんなことまで知ってんのよ……」

 世界座標とは、世界を構成する位置情報のようなものだ。転生魔法を使う際にはこの世界座標を知らなければ成功しない。
 この情報は世界を管理する神だけが知っているそうだが、俺は特別だ。
 世界座標を聞き、俺はその場で魔力を集中させ始めた。
 呪文を詠唱し、転生の準備と世界座標を合わせていく。
 さすがに禁術と言われるだけあり、身体中が悲鳴を上げ始めた。だが、そんな事で動揺する俺ではない。

「転生したら、何もかもが初めからですからね! 知識はあっても魔力も体力も低いんですからね!」

 女神が何か叫んでいるが、こっちは集中しているんだ。まったく厄介な奴だよ。
 だがいよいよ俺の魔法も完成が見えてくる。身体中が白い光に包み込まれ、視界も思考力も落ちてるのがわかる。
 ここまで来れば、後は転生するだけだ。

「楽しかったぞ。また会おう」

 俺はそれだけを言うと、一気に体が動き始める感覚に襲われた。


 ◇


「みゃー、凄い奴だったみゃぁ」
「ほんとね、ただの人間とは思えないわよ。ってそんなとこに隠れてたのね、ミーファ」

 駄女神の座っていたソファからひょっこりと猫の神獣が顔を出した。
 先ほどの強大な魔力を前にして尻尾を巻いて隠れていたのだ。

「でも……悪い奴じゃないのよね」
「みゃー? 思いっきり悪そうな顔してたみゃ」
「そうね……まぁこれはチャンスだと思わなきゃね!」

 そう言うと駄女神の目の前にボードと呼ばれる画面が現れた。魔王を転生させた先の世界は、今まで勇者を何人も派遣したが改善が見られなかった世界。
 魔族が他の種族を侵攻し、何人もいる魔王と呼ばれる存在が力をつけすぎている。
 なんとかしようとしてみたが打開策が思いつかず放置していたのだ。

「みゃー? 女神クリス、どーするのみゃ?」
「あいつがこれ以上力をつけるのは止められないだろうからね。しかも私の持ってる世界でも一番危険な世界……何をしても改善出来なかった世界に行ったんだからさ。私の力を持って世界をちょっとだけ操ってやるのよ!」
「みゃぁ。あまり俗世に関わるのはよくないみゃぁ」
「へーきへーき。気付かない程度にするから」

 嬉しそうにボードを操作する駄女神クリスを横目に、ミーファは大きなあくびをし始めた。
 こうなったクリスは何も話を聞かないだろう。以前も負けると分かっているのに魔王へ勇者を送り続けた時と同じ顔をしている。
 気付かない程度と言ってるが、間違いなく変革を起こす気でもあると。

「みゃぁ。具体的に何するみゃ?」
「ん? まずあそこは人間族もかなり追い詰められてるし、でも場所によっては亜人族もなかなか厳しいでしょ? そんな中で魔族が蔓延ってるからそれを間引かないと世界が崩壊するし……」
「みゃー。簡潔に言うと?」

 女神クリスがボードから視線を外し猫の神獣ミーファにむかって笑顔を作った。

「勇者召喚よ」
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