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「クリスティナ、今日から宜しくお願いね。」
「勿体ないお言葉でございます。誠心誠意お仕えさせて頂きます、エリザベス王女殿下。」
休暇を終えたクリスティナは、王城の勤めに戻った。
テレーゼ王女付きの侍女であったクリスティナは配属が変わり、これより仕える新たな主に礼を取る。
クリスティナが侍る主は、エリザベス第一王女殿下であった。
「貴女にはテレーゼが世話になりました。あの子が嫁ぐまでよく仕えてくれました。感謝します。」
「とんでもございません。テレーゼ様にお仕え出来ましたことに感謝しておりますのは私の方でございます。」
「ふふ、そんな事を言ってくれるのは貴女くらいよ。」
フレデリックと同じ煌めく金の髪に鮮やかな青の瞳。エリザベス王女は兄とよく似た涼やかな美を持つ王女である。
「そうそう。婚約したそうね。お目出度う。」
「有難うございます。」
クリスティナは、今日出仕してから何度目か分からぬ祝の言葉に礼を述べる。
何とも居心地が悪いのは、陛下の執務室での一件が皆の耳に入っているのではないかと思うと恥ずかしくて堪らないからであろう。
「お蔭で兄も、マリアンネ嬢と真摯に向き合うで事でしょう。浮き足立った御心も漸く鎮まったようであるし。
クリスティナ。貴女には本当に感謝しているのよ?あの難しい兄と妹に、貴女程誠実に向き合ってくれた者は居ないわ。その力量、流石はルース子爵一族ね。これから私の為に力を貸して頂戴ね。」
エリザベス王女は、テレーゼ王女の一つ歳上の姫である。
しかし、聡明な王女は兄を支えるべく努力を重ね、勤勉に学び臣下の言葉にも良く耳を傾けて、民草の為に励まれている。
本人はこのまま伴侶を得ずに、生涯を王城にいて兄の補佐として務めたいと考えているらしく、陛下も王妃もせめて婚姻だけはしてほしいと親の顔を覗かせ悩むのであった。
フレデリック殿下の婚姻式まで一年を切っている。
テレーゼ王女の輿入れに始まり、王家は吉事が続く。この麗しい王女にも一人の女性としての幸福な未来が望まれているのだが、未だ婚約者は定められていなかった。
その人と為、そして能力の高さは、エリザベスに侍る初日でクリスティナにも理解出来た。
兄の様な華やかさは抑えているものの、まるで文官の様に無駄の無い執務を執る。
いつの日かフレデリックが言っていたのは真の様であった。
広い視野と冷静な判断、懐の深さと思い切りの良さに胆力も備えて、彼女であれば女王陛下として立てる器であろうとクリスティナは思った。
この有能な王女のお役に立てられる様に励まねばと身が引き締まる思いをするのであった。
王女に仕える侍女達も、経験豊富な長く仕える者達が揃っているのも心強い。先達から学ぶのは新鮮な緊張感がある。
公私共に目まぐるしく変化する環境に、クリスティナは忙殺されていた。
ローレンもそれは同じらしく、クローム領へ共に旅をしたのが遠い過去の様に、二人きりで会う事はおろか、落ち着いて会話を交わす事も出来ない。
幸いなのは、エリザベスは兄の執務を補助する事が多く、頻繁に互いの執務室を訪っていることか。
ローレンとは、そんな折に目が合ったりで、今頃になって漸く恋人らしい目配せをし合えるのはなかなか照れくさくもこそばゆいところであった。
まだ婚約中であるから当然住まう部屋も別々なのだが、フレデリックより余程気遣ってくれるエリザベスは、ローレンの休暇とさり気なく合わせてクリスティナに休暇を与えてくれる事も度々であった。
そんな日にローレンから外出に誘われた。
ローレンは約束通り、クリスティナにワンピースを贈ってくれたのである。
旅先での口約束かと思っていたが、初めての二人の休暇が重なった日に、王都で人気の商会へと誘われた。
学園生の時から続く関係であるのに、私的な時間を街歩きする経験は初めての事である。
若い貴族令嬢達が貴族令息とそぞろ歩くのを横目に、恋人初心者のクリスティナは初心な乙女の如く戸惑う。
「これなどどうだ。」
「ローレン様がそう仰るなら。」
「この色が似合うな。」
「ローレン様がそう仰るなら。」
捻りもゼロ、甘えた駆け引きもゼロ。カチコチに緊張する自分が恥ずかしい。
甘々ローレンに全然慣れないし、好いた男に服飾品を選んでもらうだなんて生涯初めての経験で、頬が紅色に染まるのがローレンの不埒な欲を呼び起こしているのにも気付かない。
帰りの馬車で、いつの間に用意したのか細身の首飾りを購入していたローレンが、手ずから着けてやるからと言われて背中を向けて後ろ髪をよければ、すかさず項に口付けられた。
えっ?と反射で振り返ればその先は言うまでもない。
馬車を降りる頃にはヘロヘロになってしまった。
平和な日常は長くは続かない。
初夏の庭園は薔薇の季節を迎えていた。
王宮の庭園は幾つもあり、そのどれもが美しく整えられているのだが薔薇の季節は格別で、当然ながら高貴な方々の茶会の席はそんな庭園の東屋に設けられたりする。
だからこんな出会いがあって当然なのである。
「あら、お久しぶりね。クリスティナ様。」
「お久しぶりでございます。マリアンネ様。」
フレデリックの婚約者、マリアンネ公爵令嬢であった。どうやら薔薇の見頃を観賞しに王城を訪れたらしい。
「勿体ないお言葉でございます。誠心誠意お仕えさせて頂きます、エリザベス王女殿下。」
休暇を終えたクリスティナは、王城の勤めに戻った。
テレーゼ王女付きの侍女であったクリスティナは配属が変わり、これより仕える新たな主に礼を取る。
クリスティナが侍る主は、エリザベス第一王女殿下であった。
「貴女にはテレーゼが世話になりました。あの子が嫁ぐまでよく仕えてくれました。感謝します。」
「とんでもございません。テレーゼ様にお仕え出来ましたことに感謝しておりますのは私の方でございます。」
「ふふ、そんな事を言ってくれるのは貴女くらいよ。」
フレデリックと同じ煌めく金の髪に鮮やかな青の瞳。エリザベス王女は兄とよく似た涼やかな美を持つ王女である。
「そうそう。婚約したそうね。お目出度う。」
「有難うございます。」
クリスティナは、今日出仕してから何度目か分からぬ祝の言葉に礼を述べる。
何とも居心地が悪いのは、陛下の執務室での一件が皆の耳に入っているのではないかと思うと恥ずかしくて堪らないからであろう。
「お蔭で兄も、マリアンネ嬢と真摯に向き合うで事でしょう。浮き足立った御心も漸く鎮まったようであるし。
クリスティナ。貴女には本当に感謝しているのよ?あの難しい兄と妹に、貴女程誠実に向き合ってくれた者は居ないわ。その力量、流石はルース子爵一族ね。これから私の為に力を貸して頂戴ね。」
エリザベス王女は、テレーゼ王女の一つ歳上の姫である。
しかし、聡明な王女は兄を支えるべく努力を重ね、勤勉に学び臣下の言葉にも良く耳を傾けて、民草の為に励まれている。
本人はこのまま伴侶を得ずに、生涯を王城にいて兄の補佐として務めたいと考えているらしく、陛下も王妃もせめて婚姻だけはしてほしいと親の顔を覗かせ悩むのであった。
フレデリック殿下の婚姻式まで一年を切っている。
テレーゼ王女の輿入れに始まり、王家は吉事が続く。この麗しい王女にも一人の女性としての幸福な未来が望まれているのだが、未だ婚約者は定められていなかった。
その人と為、そして能力の高さは、エリザベスに侍る初日でクリスティナにも理解出来た。
兄の様な華やかさは抑えているものの、まるで文官の様に無駄の無い執務を執る。
いつの日かフレデリックが言っていたのは真の様であった。
広い視野と冷静な判断、懐の深さと思い切りの良さに胆力も備えて、彼女であれば女王陛下として立てる器であろうとクリスティナは思った。
この有能な王女のお役に立てられる様に励まねばと身が引き締まる思いをするのであった。
王女に仕える侍女達も、経験豊富な長く仕える者達が揃っているのも心強い。先達から学ぶのは新鮮な緊張感がある。
公私共に目まぐるしく変化する環境に、クリスティナは忙殺されていた。
ローレンもそれは同じらしく、クローム領へ共に旅をしたのが遠い過去の様に、二人きりで会う事はおろか、落ち着いて会話を交わす事も出来ない。
幸いなのは、エリザベスは兄の執務を補助する事が多く、頻繁に互いの執務室を訪っていることか。
ローレンとは、そんな折に目が合ったりで、今頃になって漸く恋人らしい目配せをし合えるのはなかなか照れくさくもこそばゆいところであった。
まだ婚約中であるから当然住まう部屋も別々なのだが、フレデリックより余程気遣ってくれるエリザベスは、ローレンの休暇とさり気なく合わせてクリスティナに休暇を与えてくれる事も度々であった。
そんな日にローレンから外出に誘われた。
ローレンは約束通り、クリスティナにワンピースを贈ってくれたのである。
旅先での口約束かと思っていたが、初めての二人の休暇が重なった日に、王都で人気の商会へと誘われた。
学園生の時から続く関係であるのに、私的な時間を街歩きする経験は初めての事である。
若い貴族令嬢達が貴族令息とそぞろ歩くのを横目に、恋人初心者のクリスティナは初心な乙女の如く戸惑う。
「これなどどうだ。」
「ローレン様がそう仰るなら。」
「この色が似合うな。」
「ローレン様がそう仰るなら。」
捻りもゼロ、甘えた駆け引きもゼロ。カチコチに緊張する自分が恥ずかしい。
甘々ローレンに全然慣れないし、好いた男に服飾品を選んでもらうだなんて生涯初めての経験で、頬が紅色に染まるのがローレンの不埒な欲を呼び起こしているのにも気付かない。
帰りの馬車で、いつの間に用意したのか細身の首飾りを購入していたローレンが、手ずから着けてやるからと言われて背中を向けて後ろ髪をよければ、すかさず項に口付けられた。
えっ?と反射で振り返ればその先は言うまでもない。
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だからこんな出会いがあって当然なのである。
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「お久しぶりでございます。マリアンネ様。」
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