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「クリスティナ。王女の件を引き受けるのに、私が黙って殿下に従ったと思うか?」
ローレンの言葉に、思考の中にいたクリスティナは再びローレンと見つめ合う。
「王女を引き付けるのに当たって条件を出した。」
「殿下にですか?」
「ああ、当然だろう。」
「当然..」
「お前に忌み嫌われ疎まれるのが分かっていて王女を誑し込むんだ。それくらい当然だろう。」
至極真っ当な事だと言う表情のローレンに、クリスティナは言葉が返せない。
「殿下には忠誠を誓い仕えている。」
「であれば条件だなんて、」
「それとこれは違う。大体、学生の身で貴族令嬢を汚す事を命じられたのだ。恨むくらいはしても良かろう。下手をしたら家も家族も身分も失うのだ。命だってどうなったか。マリアンネ嬢には感謝している。お蔭で公爵に潰されずに済んだ。
お前を犠牲にしたが、お前の面倒は私が見るんだ。これから好きなだけ我が儘を聞いてやろう。
私は臣下だが奴隷では無い。殿下には、そこをご理解頂いた。
王女と関わり合うのを公爵令嬢と同じにしてもらっては困る。汚れ役を引き受けるのに、条件を付けるのは当然の事だろう。」
「何をお望みになったのです?」
「お前だ。」
「私?」
「殿下には、お前から手を引いてもらう。側妃も妾も愛人も、そんなあり得ない夢などきっぱりすっぱり手離してもらう。お前は私のものなんだ。横恋慕は大概にしてもらわねば。」
ぶっきらぼうで無愛想が平常操業のローレンから、こんな長い言葉などこれまで聞いた事が無い。
その内容も、やはり聞いた事の無い程の衝撃的なもので、なのにクリスティナには暗く仄かな悦びの火が灯る。
恨みながら憎むことが出来ない、裏を返せば惹きつけられて止まない男へ向ける、自分自身も認めたくない恋情が、心の奥底からむくむくと起き上がるのを、クリスティナは暗い悦びで迎え入れた。
「テレーゼ王女を公国へ送ったなら、殿下はお前を諦める。」
フレデリックのクリスティナに向ける戯れには、クリスティナも気が付いていた。
度々声を掛けられる。妹姫に仕える侍女だとしても近い距離感。
金髪碧眼の貴族達の中で、暗色の地味な容姿のクリスティナを珍しく思うのだろうかと考えていた。
公爵令嬢を娶って将来国王陛下となるフレデリックが、王太子の身分のうちに気楽な気持ちで妹の侍女をからかって戯れている、そんな風に思っていた。
「言っただろう。お前を得る為に殿下の指示に従ったと。
クリスティナ、そろそろ私にお前の心を預けてくれ。私を許せぬままでいい。それでも私をお前の唯一と認めてくれ。」
甘やかな面立ちと真逆に、冷た過ぎる程冷静で感情を見せいローレンが、視線だけでクリスティナを縛り付ける。けれどもその瞳が揺れている。
そんな不安そうな顔、今まで一度だって見たことが無い。
「ローレン様。」
ローレンの中に、今にも泣き出してしまうのではと思わせる少年が住んでいる様で、クリスティナは堪らずローレンを引き寄せた。
暖炉の前、二人肩を並べて座っている。そのローレンの左腕を両手で掴み、そっとこちらへ引き寄せた。
「貴方を私の唯一と認めましょう。」
ローレンと自分自身に向けて宣言をした。
ローレンに優しく愛でられているのを初めて感じて、その手の中に蕩けていく。
甘いのはローレンなのかクリスティナなのか。
どちらもそれを互いに確かめたくて、何処もかしこも境を無くして混ざり合う。
悦びの本当の意味を知って、それからはどこまでもどこまでも貪欲になるのを押さえられない。
そんなクリスティナに気付いたらしいローレンが、さらに執拗にクリスティナを追い込むから、クリスティナは今まで抑え込んで来た感情を解放するしか術が無かった。
胸いっぱいに吸った息は、吐かねば次の息を吸い込めない。
心の内に溜めに溜め込んだ恋心は、愛する男に示して見せねばその先の想いを伝えられない。
逃すまいと引き寄せるのはどちらも同じであったから、互いに固く抱き締め合って二人で一つになって愛し合う。
クリスティナは、ローレンが初めてであった。
身体を寄せるのも初めてであったし、心を寄せるのも初めてであった。
出会いが不運過ぎた故に拗らせ過ぎた仲である。
言葉足らずの不器用な二人が、心を寄せ合うのには他人の思惑が必要になった。フレデリックの思惑に乗ずる事で、漸く素直になって心の内側を晒し合えた。
抱き締める力の強さは拘束ではなくて、幸せ過ぎる抱擁なのだと涙が滲めば、それも忽ち口付けに消されていく。
自分の幸せの裏側にテレーゼ王女の不運があるのに後ろ髪を引かれながら、それでも愛することを止められないのは、長い恋患いを拗らせ過ぎたのが、漸く解けた幸せからか。
自らの幸せが他人の不幸の上にあるのを知っても、もうこの男を手離す事は無理だろう。
漸く捕まえた。
この世の中で諦めた物事は大小様々あるけれど、もうこの幸せは諦められない、手離せない。
この先に罰があったとしても、それすら甘んじて享受しようと思えたクリスティナは、この晩初めてローレンと固く抱き締めた合ったまま微睡みに沈んだ。
何度も交わり合った関係であるのに、まるで今日が初めての逢瀬である様に、愛する人と同じ夢をみられる、そんな甘やかな気持ちになって眠りに就いた。
ローレンの言葉に、思考の中にいたクリスティナは再びローレンと見つめ合う。
「王女を引き付けるのに当たって条件を出した。」
「殿下にですか?」
「ああ、当然だろう。」
「当然..」
「お前に忌み嫌われ疎まれるのが分かっていて王女を誑し込むんだ。それくらい当然だろう。」
至極真っ当な事だと言う表情のローレンに、クリスティナは言葉が返せない。
「殿下には忠誠を誓い仕えている。」
「であれば条件だなんて、」
「それとこれは違う。大体、学生の身で貴族令嬢を汚す事を命じられたのだ。恨むくらいはしても良かろう。下手をしたら家も家族も身分も失うのだ。命だってどうなったか。マリアンネ嬢には感謝している。お蔭で公爵に潰されずに済んだ。
お前を犠牲にしたが、お前の面倒は私が見るんだ。これから好きなだけ我が儘を聞いてやろう。
私は臣下だが奴隷では無い。殿下には、そこをご理解頂いた。
王女と関わり合うのを公爵令嬢と同じにしてもらっては困る。汚れ役を引き受けるのに、条件を付けるのは当然の事だろう。」
「何をお望みになったのです?」
「お前だ。」
「私?」
「殿下には、お前から手を引いてもらう。側妃も妾も愛人も、そんなあり得ない夢などきっぱりすっぱり手離してもらう。お前は私のものなんだ。横恋慕は大概にしてもらわねば。」
ぶっきらぼうで無愛想が平常操業のローレンから、こんな長い言葉などこれまで聞いた事が無い。
その内容も、やはり聞いた事の無い程の衝撃的なもので、なのにクリスティナには暗く仄かな悦びの火が灯る。
恨みながら憎むことが出来ない、裏を返せば惹きつけられて止まない男へ向ける、自分自身も認めたくない恋情が、心の奥底からむくむくと起き上がるのを、クリスティナは暗い悦びで迎え入れた。
「テレーゼ王女を公国へ送ったなら、殿下はお前を諦める。」
フレデリックのクリスティナに向ける戯れには、クリスティナも気が付いていた。
度々声を掛けられる。妹姫に仕える侍女だとしても近い距離感。
金髪碧眼の貴族達の中で、暗色の地味な容姿のクリスティナを珍しく思うのだろうかと考えていた。
公爵令嬢を娶って将来国王陛下となるフレデリックが、王太子の身分のうちに気楽な気持ちで妹の侍女をからかって戯れている、そんな風に思っていた。
「言っただろう。お前を得る為に殿下の指示に従ったと。
クリスティナ、そろそろ私にお前の心を預けてくれ。私を許せぬままでいい。それでも私をお前の唯一と認めてくれ。」
甘やかな面立ちと真逆に、冷た過ぎる程冷静で感情を見せいローレンが、視線だけでクリスティナを縛り付ける。けれどもその瞳が揺れている。
そんな不安そうな顔、今まで一度だって見たことが無い。
「ローレン様。」
ローレンの中に、今にも泣き出してしまうのではと思わせる少年が住んでいる様で、クリスティナは堪らずローレンを引き寄せた。
暖炉の前、二人肩を並べて座っている。そのローレンの左腕を両手で掴み、そっとこちらへ引き寄せた。
「貴方を私の唯一と認めましょう。」
ローレンと自分自身に向けて宣言をした。
ローレンに優しく愛でられているのを初めて感じて、その手の中に蕩けていく。
甘いのはローレンなのかクリスティナなのか。
どちらもそれを互いに確かめたくて、何処もかしこも境を無くして混ざり合う。
悦びの本当の意味を知って、それからはどこまでもどこまでも貪欲になるのを押さえられない。
そんなクリスティナに気付いたらしいローレンが、さらに執拗にクリスティナを追い込むから、クリスティナは今まで抑え込んで来た感情を解放するしか術が無かった。
胸いっぱいに吸った息は、吐かねば次の息を吸い込めない。
心の内に溜めに溜め込んだ恋心は、愛する男に示して見せねばその先の想いを伝えられない。
逃すまいと引き寄せるのはどちらも同じであったから、互いに固く抱き締め合って二人で一つになって愛し合う。
クリスティナは、ローレンが初めてであった。
身体を寄せるのも初めてであったし、心を寄せるのも初めてであった。
出会いが不運過ぎた故に拗らせ過ぎた仲である。
言葉足らずの不器用な二人が、心を寄せ合うのには他人の思惑が必要になった。フレデリックの思惑に乗ずる事で、漸く素直になって心の内側を晒し合えた。
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