囚われて

桃井すもも

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湖畔の岸辺を二人はゆっくりと散策している様であった。

ローレンがエスコートする右腕にテレーゼが手を掛けて、何事か話しているらしく、時折顔を見合わせているのが後ろ姿から見て取れた。

やんごとなき身分の王女は、侍女も護衛の一人も付けていない。
ひと気の無い森の奥の湖。そこに唯二人、誰の目にも触れる事なく寄り添い視線を合わせている。
それは正しく恋人達の逢瀬のひとコマで、そこには、身分も立場も彼等を隔てるものは何も無い。

愛し合う者同士がいるだけの世界。
愛し合う二人だけの世界。

「何故ここにいる。」

アランの唸る様な低い声に、二人の世界を傍観していたクリスティナは我に返った。

「何を考えているんだ。」

その声音には咎める響きが感じられた。
王女を連れ出したローレンを咎めるのか。

「王女も王女だ。」
どうやら王女も咎めているらしい。

「二人とも何を考えているんだ。」
二人共であった。

そこでアランはクリスティナを見下ろした。
クリスティナはアランに引き摺り込まれて木の陰に隠れているのだが、更にそのクリスティナの背中に身を隠す様にアランが背後に密着していた。当のアランは面前の二人に気を取られて、この不自然な体勢には気付いていないらしい。

「クリスティナ嬢、君を王族に侍る者と信じて話すが、決して口外しないと誓えるか?」

アランの表情は、王太子の側近のそれであった。
クリスティナは声には出さず頷いた。
それを認めてアランも「うむ」と頷く。

「テレーゼ王女は嫁がれる。」
「えっ」
思った以上の衝撃的な内容に、小さく声を漏らしてしまった。

「大公閣下のご子息だ。後々は大公妃となられる。」
「それはいつ、」
「つい最近決まった事だ。だが、王女はこの話を未だ知らされていない。」
何ですって。
心の内でクリスティナは声を上げた。

「だが、ローレンは知っている。この婚姻はフレデリック殿下が間に入っておられる。」

アランは眉根を潜めて前方の二人に視線を移した。そして二人の後ろ姿を見つめながら、まるで独り言の様に呟いた。

「ローレン、お前、一体何を考えているんだ。」



恋人達が湖畔の散策を終えるまで、結局アランとクリスティナは、あのまま木立の陰に身を潜めて隠れていた。

二人の姿が見えなくなったのを確かめて、元の散策路に戻る。

それから馬車に戻るまで、二人は一言も言葉を発しなかった。

馬車が見えて来て、どうやら兄達は未だ逢瀬から戻っていないのが分かって、そこで漸くアランが口を開いた。

「クリスティナ嬢、馬車まで急げるか?」
「ええ。」
速歩きで馬車まで急ぐ。万が一にもあの二人とかち合う訳には行かない。アランが先に乗り込み手を差し伸べてくれるのに掴まって、クリスティナも急いで馬車に乗り込んだ。

アランは兄と姉の逢瀬を考慮して、紋章の入らない馬車を用意していた。

馬車は二台並ぶ様に停まっていたが、子爵家の馬車は森林の木立に面した側にあったので、侯爵家の馬車に隠れる形となっていた。
王女とローレンがここを通り過ぎても、馬車が何処の家のものかは解らないだろう。

「すっかり巻き込んでしまった。申し訳ない。
けれども、君にだから話したんだ。私はこの事をフレデリック殿下へ報告せねばならない。君には王女がお輿入れなさるまで、側で見張ってもらう事になるだろう。」

アランはそこでクリスティナを見つめた。

「過ちが有ってはならない。」



それから程なくして、兄とキャサリン嬢が戻って来た。その場でクリスティナは侯爵家の馬車を降りて、生家の馬車に乗り込んだ。

アラン達とはそこで別れる事になった。
兄が何か察したらしいが、聞いて来る事は無かった。
帰りも、二人共々無言であった。

兄は今しがたの恋人との時間を思い出しているのだろう。
クリスティナは、見知った事実が大事過ぎて、感情を整理する時間が必要であった。

ローレンがテレーゼ王女を城の外に連れ出した。護衛も侍女も付けずに。

テレーゼの予定なら、クリスティナの頭の中に入っている。今日は離宮に住まわれる母君、側妃様を訪問される予定であった。クリスティナはそれには同行しないと分かっていたので今日を休暇に選び、アランと兄がそれに合わせてくれたのだった。

王女は予定を偽って城を出たのか。
ローレンは独断で王女を連れ出したのか。

湖畔を歩く二人の後ろ姿が瞼に浮かぶ。
腕を差し出し王女を見下ろすローレンと、その視線を受けとめるテレーゼ。

それは紛れも無い、恋人達の逢瀬であった。


そう言う事なのだ。
ローレンは、真実愛する人との逢瀬の為に危険を冒した。
王太子の側近以外は立ち入らないあの場所に、密かにテレーゼを連れ出した。
それが公になったなら、ローレンばかりではなく生家の伯爵家も処罰が及ぶだろう。

ともすれば、命に関わる危険を冒した。
命懸けの恋。

ローレンは、愛する人の為になら命を懸けられるのだ。

胸が痛むのは何故だろう。
疾うに覚悟をしていた筈だ。

囚われる事を甘んじて受け入れて、それが自分が離れられなかっただけであったのを漸く認めて、彼から離れる決心が付いた。
付いた途端にその決心を確かめられる。
こんな偶然などあるのだろうか。

そこまで考えて、自分は今更何に囚われているのかと呆れてしまった。

テレーゼ王女は輿入れする。
テレーゼは王様としてその務めを果たす。
ローレンがそれを覆す事は出来ない。

そこにクリスティナが思考を挟む必要は全く無い。

「過ちが有ってはならない。」

クリスティナは、アランの危惧が具現化しない様に王女の側に侍るだけなのだ。



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