囚われて

桃井すもも

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王都の郊外に位置する森林公園は王国が管理する自然公園で、散策路や点在する湖が整備されて四季を通して散策を楽しむ事が出来る。
今は秋の盛りを迎えて、その日も多くの行楽客で賑わっていた。

しかし、それも入口付近の王立庭園が殆どで、馬車を持つ貴族達は喧騒を避けてその先の森林の奥まで足を伸ばす。

王宮の庭園もすっかり色を変えて秋の深まりを実感していたのだが、やはり自然の齎す美しさは別格であった。

紅葉の赤に黄色が秋の日差しに鮮やかさを増してる。
湿った森林の香りに枯れ葉の香りが混ざって鼻腔を擽る。
馬車の中は森の香りに満たされて、クリスティナは秋の空気を胸いっぱいに吸い込んでみた。

連れ立って走る二台の馬車は、森の奥にある湖を目指していた。

「森の中には湖が何箇所かあるのだが、彼処は最近漸く整備が終わって、これから一般開放されるんだ。今のところは一部の人間にしか知られていないから、人の目に触れる心配は無い。」

「そんな所に足を踏み入れて宜しいのでしょうか。」

「ああ、それなら大丈夫だ。整備事業はフレデリック殿下が統括しておられる。私は関係者であるから立ち入りを許されている。」

「ですが、私や兄は部外者ですわ。」

「それなら姉も同じだろう。心配要らない、何かあったら家族だと言えば良い。」

「家族..」

「あ、いや、深い意味は無いんだ。その、姉と君の兄上がだな、家族になれたら、その、君も私の家族だという意味で、あ~、すまない。不快にさせたら。」

「ふふっ」
平素は冷静なアランが慌てる姿に吹き出してしまったのは何度目だろう。

「そう笑わないでくれないか。」
眉を下げて情けない顔をするアラン。

王城での職務以外で、高貴な集団の一人とこんな風に気安く話せるなんて。

アランとローレンはクリスティナとは学園の同窓である。方やクリスティナを犬呼ばわりして支配する。方や、下級貴族のクリスティナを令嬢として尊重してくれる。

クリスティナという一人の人間が、その扱われ方で大きく価値を変える事に、自分の事であるのに不憫なものだと思うのであった。


整備されたばかりだと言うが、道幅はそれ程広くはなかった。馬車が一台通るには余裕があるが、二台すれ違うには狭すぎる。どちらかが退避して他方が通り過ぎるのを待たねばならないだろう。

そこに貴族の爵位が関係したら、誤って上位貴族を退避させでもしたら後からどれほど面倒な事か。

そんな、クリスティナには全然関係無い事をつらつらと考えている内に、窓から湖が見えて来た。

「アラン様、湖ですわ!」

クリスティナは湖を見たことが無かった。勿論、海など書物の挿絵でしか知らない。
思わず大きな声が出て、自身のはしゃぎ様が恥ずかしくなった。

「ははは、クリスティナ嬢に喜んでもらえて良かった。湖畔は美しいから楽しみにしていてくれ。」

アランの言葉にクリスティナの期待は高まる。


馬車を降りると、兄がキャサリンに手を差し伸べてステップから降ろすところであった。

善きかな、恋人達。

アランと二人して、眩しいものを見るように目を細める。
今ばかりは秘めた恋人達を援護する共同体である。

恋人達とは道を変える事にした。後ろを付いて行くなどと云う野暮な事はしたくない。
アランが剣の嗜みがあるからと、護衛は兄達の方へ向かわせた。
図らずも二人きりの散策となってしまったが、クリスティナはそれどころではない。

「まあ!」
「気に入っただろうか。」
「ええ、ええ、勿論ですとも!なんて美しいのかしら!」
「ははは、君がそんなにはしゃぐなんて。」
「アラン様、御免遊ばせ。でもこんなに美しいのですもの!」

湖畔の水は澄んでいた。砂の無い土地だからか土壌の関係か、アランが何か説明してくれたが、それより何よりクリスティナはその美しさに目を奪われた。

水底の小石の粒まで見通すことが出来る。
湖をぐるりと取り囲む木立の赤や黄色に針葉樹の緑色が鏡の様に湖に反射して、水面を境に上下二幅の絵画を並べた様であった。
日差しを受けてキラキラ燦めく湖面を風が吹き抜けると、たちまち水面に波紋が生まれる。

乾いた枯れ葉の匂い。
湿った土の香り。
秋風が頬を撫でて踏み締める足元がカサカサと音を立てる。

突風が吹いたと思ったら、巻き上げられた枯れ葉が一斉に空を舞った。それがふわりふわり円を描いて降りて来る。

名前の知らない鳥の声が聴こえる。
頬に受ける日差しが暖かい。
耳を澄ませば岸を打つ波の音が寄せて引いてを繰り返している。

「楽園にいるみたい。」
思わず呟いた小さな囁きを、アランは聞き逃さなかった。

「姉の為ではあったが、今日、君をここに案内出来て本当に良かった。」

アランの穏やかな眼差しを受けて、クリスティナはそれまで遠巻きにして壁を作って接して来た「高貴な集団」であるアランが、自分と同じ歳の一人の青年であるのだと感じられた。
気取らず軽口を言い合える、今だけはそんな間柄でいられる事を嬉しく思った。


広い湖畔を湖を眺めながら歩いていると、前方に人影があるのに気付いた。

兄達かと思ったが、装いが違う。髪の色も。

アラン姉弟は黒髪で、クリスティナ兄妹は暗色のブルネットであるが、前方の二人は眩く明るい髪色であった。
もっと言うなら、プラチナブロンドに蜂蜜色の二人である。そんな二人など、 

そこまでしか考えられなかった。
行き成りアランに腕を引かれた。
「きゃっ」と口から飛び出た小さな悲鳴は、アランの大きな掌で塞がれた。
アランはクリスティナの口を掌で塞いだまま直ぐ側の木立に入り込み、木の裏手にクリスティナを隠した。そしてその背中に自らを重ねた。

「すまない、クリスティナ嬢」
耳元でアランが囁く。それもカサカサと枯れ葉が擦れる音に紛れていく。

「あっ、」と漸く気が付いたらしいアランが、慌ててクリスティナの口元を塞いでいた掌を離す。

けれども、クリスティナは前方の一点を真っ直ぐ凝視したまま、微動だにしない。

「テレーゼ王女だ。連れは、」

言われずとも解った。
顎の辺で切り揃えたプラチナブロンド。
燦めく白金の髪。
そんな男などこの世の中に、

「ローレンだ。」

この世の中に一人しか知らない。


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